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久保田洋一のブログ
いつもどおりですが、気まぐれに書いていきます。2009年10月1日からfc2で再開しました。
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学校・家庭・地域で取り組む命を守る絆の防災2014年11月29日
学校・家庭・地域で取り組む命を守る絆の防災 2014年11月29日

片田敏孝さん
群馬大学大学院理工学府 教授 群馬大学広域首都圏防災研究センター長
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 2014年11月29日(土)、群馬大学の片田敏孝先生の講演を聞くことができました。
 この3年間、「想定にとらわれるな」という言葉がずっと気になっていました。「釜石の奇跡」についても、実際の言葉を聞きたいと考えていました。
 避難3原則「想定にとらわれるな」に続く2つが「最善を尽くせ」「率先避難者となれ」です。
 大人たちが、津波が来ても堤防があるから逃げないと言う中、子どもたちが、まさに、率先して避難者となり、お年寄り、保育園児、低学年の子どもたちを助けながら、高台までの1.7キロを逃げたのです。

 千人を超える死者・行方不明者を出した現実は、とても奇跡とは言えないと片田さんは言われますが、子どもたちの「想定を超えた危機管理能力」は、やはり、「奇跡」だと思います。
 ありがとうございました。以下、久保田がメモした講演記録です。長いですが、ご容赦ください。
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■避難3原則
●想定にとらわれるな
●最善を尽くせ
●率先避難者となれ

片田先生のお話。

 3年8カ月はあっという間だった。阪神淡路から20年になる。しかし教訓を生かせていない。
 防災は前進したが、私の実感とずれがある。災害がおきたらどうしようとか、食料、水、避難所運営という話が先行している。起きたらどうするかが進んでいる。これは皆が生きていることを前提にしている。しかし「人が死なないこと」がまず大事と思う。

 東日本大震災の後、現場に入ったが、多くの被災者がいた。家族を探す人、家をなくした人がいた。被災地支援はあるが、生きていることが大事。一番つらいのは亡くなった人だろう。やはり死なないことが重要。死なない社会をどうつくるか、生きる力をいかに育むかだと思う。

 釜石で子どもたちに地震があったらどうするかと聞いた。堤防があるから大丈夫と言う。逃げないと言う。お父さんもおじいちゃんも他人まかせで、その大人たちが逃げないと言うと、子どもは逃げないと言う。
しかし、そんな社会を変えたい。

 学校、家庭、地域は不可分。学校だけではだめ。地域の大人たちも大切。横断歩道で大人が手を上げて渡らないと、学校で熱く語っても無理。「地域がいかに強い対応力を持つか」が大事。

■頻発する豪雨災害、狂暴化する台風
 釜石の例を話す前に、気になることを話したい。
 災害は地震と津波だけではない。近年の災害は、気象災害がほとんど。火山も活発化している。御嶽山、蔵王など。これからいろんなことがありそうだ。
 糸魚川構造線も地震地帯であり、東日本大震災と関連がありそうだ。長野県北部地震死者ゼロは、地域のありようの成果だろう。御嶽山は入山規制あったが突然だった。紅葉シーズンの土曜日日中だった。

 豪雨災害も考えたい。今年広島で死者74名の災害があった。なんとなくではなく、明確におかしい。各地で豪雨多い。広島は夜に1時間あたり30ミリの雨が降った。ワイパーでも見えない雨。しかし気象庁は1ミリ程度と予報していた。アスファルトの上をどーっと流れる。避難勧告は出なかった。しかしそれも理解できる。
 豪雨災害の死者は74%室外。26%が室内(2004~2009年)。様子をみるというのは常識。
命を守りたいがゆえに避難勧告出せなかった。結果論では出したらよかったが、日本全国避難勧告をまともに出せない状況だ。自分の命を守るためには避難勧告が出なくても避難するべき。役所のせいで死ぬことのないようにしたい。

 南木曽では33ミリと50ミリが2時間の間に降った。大雨警報出る前だった。予想技術が世界一の日本であっても、正確な情報は出せない。避難勧告待っている暇はない。役所はあてにならない。自分の命をまもるには勧告を待っていては無理だ。

 避難勧告が出ても、高い場所に住む人は動くべきでない。自分の状況を把握すべき。個人によってとるべき行動は違う。避難勧告は出ても出なくても、「自分の命は自分で守る」それしかない。勧告はまともに出ることはない。地球温暖化でいうと、海洋の温暖化が進んでいる。台風巨大化、日常の水蒸気が多い。どこでも広島のようになる可能性がある。

 台風11号、12号では礼文島で土砂災害があった。緯度が高い国では、やさしい雨、おだやかな雨が常識だった。シェルブール、ロンドンなど、これまで豪雨はなかった。それが変わってきた。

 12号台風では全部で1400ミリ降った。2012年紀伊半島では2400ミリ降った。今年の19号台風は900ヘクトパスカル(室戸台風911ヘクトパスカル、伊勢湾台風924ヘクトパスカル)。昨25年フィリピンで6000人が亡くなった台風は895ヘクトパスカルだった。しかも時期も遅い11月の7、8、9日だった。

 昨2013年は18号台風で京都の嵐山に被害が出た。これまでの台風と何が違うかというと、いちばん強く965ヘクトパスカルに下がった時に上陸した。台風は海水温度27度で成長する。日本に近づいて成長した。

 平成24年は、15号、16号、17号と頻発した。今後、850ヘクトパスカルを下回る可能性さえあるだろう。気象災害は毎年危険がある。旭区あたりは大丈夫とは思うだろうが、淀川水位が上がる可能性もありえるだろう。

 津波だけではない。どんなこともありえる。激甚化する状況のなか、行政まかせは大間違い。行政努力は必要だが、地域の安全確保のためにひとりひとりの対応が必要。

■想定外を生き抜く力を育む防災教育 ~大津波を生き抜いた釜石の子どもたちに学ぶ~
東日本大震災
死者15885人
不明2623人
合計18508人
(26年4月10日警察庁発表)

 わたしは考えを伝えることしかできない。社会そのものがどうするか。

 釜石市の鵜住居小学校はハザードマップの外だった。明治、三陸津波でも大丈夫だったが、今回は16mの津波だった。できなかったことが多かった。なさけなかった。
 今回はプレートのバランスがくずれた。オホーツク、フィリピン、ユーラシア、太平洋のプレート4枚のバランスが崩れている。
太平洋プレートは年間8センチ日本に近付いている。100年で8mになる。3.11の前に避難勧告でていた。

 紀伊半島三陸で講演会しつづけた。しかし人が集まらない。わざわざ集まる人は帰ってもよいくらい。釜石でも「先生の話は8回聞いた」と言われたことあり。意味があるのかなと疑問に思った。

 釜石には34基の記念碑がある。しかしその思いが毎回無になっている。釜石は皆逃げなかった。常習地域なのに。

 ハワイは年間8センチ日本に近づいている。いずれハワイは日本のもの(笑)。カウアイ、オアフ、など。少しずつ島ができている。
 
 釜石の鵜住居(うのすまい)小学校。まず生き残ることを先生に訴えた。しかし鍵盤ハーモニカのモデル校になったとのことで忙しいと言う。
 校庭の子どもに津波知ってるかと聞くと、知ってると言う。しかしどこに逃げるかときくと、「逃げない。堤防が立派だから。」と言う。
 釜石は繰り返し被害があった場所。湾の入り口は、深さ60m、その上10mで、合計70mの堤防で塞いでいた。ギネスにも掲載。これで一安心と皆考えていた。子どもが大人の受け売りをしていた。
 明治の津波以上があるでしょと言ったら、じいちゃんもとうさんも逃げないと言う。世界一の堤防があるから大丈夫といった。しかし生きている間に津波来る。
 じいちゃんが逃げない子どもをはぐくんだ。大人たちがいかに自然災害と向かい合うかだ。
 高齢者大学でおじいさんに言われた。「先生は群馬、岐阜県の人やろ。75年生きてきて、わしは海のことはわかる。」で逃げない。
 じいちゃんのおかげで、逃げないでいると、自分の背中が孫の命を危うくする。

 くりかえし津波は来る。逃げる住み方をしようと伝えた。それが作法だ。それから地域の防災活動が動いた。学校の先生もよくしてくれた。で、8年後むかえた。
 子どもたちは16mの津波で生き残った。

 川の水の供給元は雨で徐々に水位があがる。左岸右岸どちらかがきれる。しかし有限。
 津波は16m無限に供給される。16mの壁がやってくる。ここは1.7キロ走らないと高台に行けない。遡上もあり、高さは24mになる。引き波は16mに16m足して32mの落差になる。

 釜石は
 直接死  888名
 行方不明 152名
 関連死  101名
 釜石の奇跡などではない。1000人以上亡くなっている。1.7キロ逃げられない人がいた。

 奇跡ではない。でもよかったことがあるとすれば子どもが逃げたこと。子どもたちは1.7キロ走った。先生がこどもに向かい合った教育が功をそうした。感謝している。子どもたちに感謝している。

 鵜住居小学校。釜石中学校。
 グランドで子どもたちは立っていられなかった。地割れが走った。こどもたちが大声をあげた。鵜住居小学校へ大声をあげた。小学生も中学生も逃げた。14の小中学校3000人いっせいに避難した。

 中学生作文にも、「後ろを見ちゃだめと言った。」とある。緊迫していた。保育園でもバギーなどを中学生が抱いて走った。

 実は当初、高台には行かなかった。老人福祉施設に集まった。
 以前、中学生は訓練で1.7キロ走ったが、小学生はモデル事業のあとには、老人施設までの避難訓練にとどまっていた。しかし中学生はえらかった。どんな津波がくるかわからないと考えていた。
 ハザードマップはシナリオにしかすぎない。
 「君にできることは精一杯逃げること。」と伝えていた。精一杯したかどうかだ。

 中学生が先導して1.7キロ走った。まだできることがあるという言葉を守ってくれた。先生に感謝したいし、中学生に感謝したい。(15:15)

 こういう子どもたちを育んだ環境。石碑を残した先人に思いをはせる。「記念碑をどんな思いで建てたか聞いた。」「お墓と思っていた。」と答える。子どもに問いかけると、単なる碑。しかし明治30年の津波では、町民6500人のうち4000人死亡。昔の人も同じ思い、後世に残すんだね。と伝えてきた。

 ここから下に家を建てるなと言っているのに、なぜ建てたのだろう。避難勧告でても逃げないでいいのか。

 こどもたちは次回に訪問したときに碑の清掃をはじめていた。こどもが当番きめて掃除をした。

 中学生は小学校と訓練、保育園と訓練をした。

 中学生が助けられる人から助ける人になった。「てんでんこレンジャー」と呼んでいる。

 中学生がリヤカー練習「避難を支援する訓練」。安否札配布。おばあちゃんは「わしのことはいい。」という。しかし子どもに、ばあちゃん津波で死んだらいやだといわれた。ばあちゃんが歩く練習はじめた。
 助かる、助からないではなく、逃げる気になってくれた。防災としては立派だった。自然に向かい合うことが大切。役所が堤防つくったとか、役所がしてくれるというのは間違い。
 釜石東中学校は実は荒れていた。先日先生に会ったら、「防災教育を始めたら、いじめがなくなった。」とのことだった。やれば認めてくれる。

 子どもは、大人が監視する対象ではなく、みなで助け合う。

 和歌山県で防災教育もしている。
 黒潮町30分で津波がくる。しかし始めからにげないのではなく、精一杯逃げること。結果はうけとる。
 釜石は1.7キロ逃げた。釜石は希望の光になっている。

 尾鷲では防災教育をしてもらえなかった。しかし3.11で変わった。釜石の奇跡という。今は来い来いと言われている。津波で死んでほしくないと精一杯伝えている。

 ブロック塀の隣にスイカ畑あったら、スイカなんか踏んでいいよと言っている。教える時間がないが、科目の中に防災教育開始。尾鷲市立宮ノ上小学校は、体力作りで逃げるための体力作り。死んでほしくないと訴えている。

 秋の遠足で高台を探す。社会で通学路調査など。授業に防災を取り入れている。

 釜石35基目の碑ができた。100回逃げて空振りばかりでも101回目でも逃げてね。てんでんこの歌。
「もっともっと高い場所 つなみなんかにまけないぞ」
 小学生1年でも、逃げるだろう。先生が全身全霊でつたえている。

 防災は子ども達をはぐくむ。学校教育だけでなく、10年続けると若者が育まれる。防災文化として結実する。生き抜く子どもになることを伝えてほしい。
(「風化」という言葉は、マイナスでとらえられるが、文化として定着する「徳を持って教化となす」という意味もある。その意味で、当たり前の文化として定着「風化」させていきたい。)

 大学生目の前にしてると、注目させることはむずかしい。しかし子どもたちに死んでほしくないと言うと思いはつながると思う。具体的なことも伝える。
 一生懸命伝えると、皆のお母さんはどうする?と聞くと、お母さんは迎えにきてしまう。と不安になる。そのときに君のことを迎えにきてしまう。
 子どもはお母さんに逃げてねとお願いする。
 でも君が逃げる子どもになることが大切。きみの命を自分が守られるならば、お父さんお母さんも大丈夫。
釜石小学校は1年生も大丈夫だった。子どもたちが両親を心配した。

 現在田辺市で授業をしている。自分が自分の命を守る。きみたちが逃げることを両親に伝える。

(映像)
 家で親と話し合い。まず自分で逃げる。そしたら後から皆で会えるからね。と確認しあう。

 この子が自分で逃げるように。自分の力で逃げることができるように。そのことが可能になるような社会をつくることが大切。

 この子は逃げる場所を決めた(3種類くらい)。 お父さんも逃げる。迎えにいかない。ずっとそこにいなさい(田辺第1小学校。高尾中学校)。

 知識だけで、いい返事はできる。しかし普通は親が迎えにくると思うはず。釜石は皆知っていた。でも逃げなかった。知識と行動は違う。逃げることができるようにしたい。

 なぜ逃げないか。1000人以上が亡くなった理由を調べているが、こどもを探して亡くなったりしている。お兄ちゃんが一緒に逃げていた。
 若者がかけあがって、じいさん探す。止めても探していた。それで、帰らなかった。
 高台まで逃げているが、堤防越えて津波きて、お嫁さんがじいちゃんと歩いてくる。嫁さん手を放さず一緒に飲まれた。など。
 防災意識の欠如と言うけど、人は人としてそういう行動をとる。人は人として逃げられない。人は人として乗り越えなければならない。

 単に食料準備だけでない。こどもが自分意志で逃げる。一人の犠牲者も出さない。そういう環境を育みたい

 田辺第1小学校、高尾中学校「シンサイミライ学校」。保育園と交流授業も開始された。

 子どもが調べて、お寺に手摺りつけてと寺にお願い。市長に手紙出して防災部局が断ったが、市長がこれに激怒して手摺りがついた。じいちゃんが手摺りを見ると、逃げないとあかんと思うとのこと。

 町内会、常翔学園、学校など、一緒に、犠牲者を出さない地域だと自信をもてる地域になればと思う。

(以上。文責:久保田。聞き間違いもあると思います。ご容赦を)

片田先生講演会
 片田先生講演会
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