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久保田洋一のブログ
いつもどおりですが、気まぐれに書いていきます。2009年10月1日からfc2で再開しました。
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未来へ 2012年11月30日 (これも3年前の録音の再アップです)
未来へ (これも3年前の録音の再アップです)

 もう20年以上も前のことですが、出入りしていた教会で、音楽のバンドをつくっていました。そこで出会った女性が、以前つくった歌を披露してくれて、とても気に入っていました。曲名は「未来へ」。1987年12月にバンドで演奏したものを2000年9月26日に転記しました。作者は「KYON & TONK」です。ではどうぞ。

未来へ」(←お聞きになりたい方はこちらへ。音が割れています。ご容赦ください)

1:

なにもなく 時が過ぎ ありきたりの 毎日に ゆううつな 気分に なる

自分の ことばひとつに 喜んだり 悔やんだり

なつかしいね あの頃が

夢におぼれちゃ いけないけれど 夢見るこころ なくしたくないね

生まれ来るこどもたちよ いずれはゆくのだろう 老いた人の

やさしく おおきな 愛を忘れないで

時は流れる 人はめぐりめぐる 未来へ

2:

季節は めぐりゆく 振り向くばかりの 毎日は もういやと 嘆くけれど

思い出は 美しいから アルバムなんか 開いて

たまには のぞいてみようか

恋が恐くて 背を向けるけど 愛する心 なくしたくないね

風が吹いて悲しいとき  どこかにいるのだろう 愛する人

探そう 赤い 糸をたどりながら

時は流れる 人はめぐりめぐる 未来へ

風が吹いて悲しいとき  どこかにいるのだろう 愛する人

探そう 赤い 糸をたどりながら

時は流れる 人はめぐりめぐる 未来へ



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紙風船 再度アップ 2012年11月30日
紙風船 (3年前の別のブログにアップしたものです。再度アップします)

紙風船 (←お聞きになりたい方はこちらへ。音が揺れています。すいません)

 1986年12月、学生時代に知人が書いてくれたうろ覚えの詩を、勝手に思い出して、その詩に曲をつけました。同じ名前のプロのグループと歌があるのですが、感覚は同じような気もします。素人がつくっているのですが、自分では好きです。曲名は「紙風船」。作者は「久保田」本人です。ではどうぞ。

1.

青い空 秋の 青い空の中

虹色の夢をあなたと うちあいましょう

秋の空 まぶしく 明るい 秋の空 七色の 紙風船

風はないけれど 木々は静かに枯れ葉をおとして

うちあげる音は こだまして わたしとあなたの 世界

うちあげようよ あしたへわたしと あなた ふたりして

うちあげようよ 未来へ 虹色の 夢を


2.高い空 秋の 高い空の中 

虹色の夢をあなたと 探しにでかけよう

秋の空 少し つめたい 空の中夢色の 紙風船

わたしが ふくらまそう わたしの小さな願いをこめて

あなたが ふくらまそうやさしく その手につつんで

うちあげようよ あしたへ わたしと あなた ふたりして

うちあげようよ 未来へ 虹色の 夢を

うちあげようよ あしたへ わたしと あなた ふたりして

うちあげようよ 未来へ 虹色の 夢を



スズメバチ2題 121126(月)
スズメバチ2題 121126(月)

 先日、あかねちゃんクラブの有志で、昆虫の封入標本を作成しました。知人からゆずりうけたオオスズメバチの標本を使い、プラスチックを流し込んでつくりました。御指導は、いつものとおり足立先生。

 けっこうきれいに仕上げるのはむずかしく、気泡が入ったりしますが、気に入っています。

 オオスズメバチの大きさは、針を除いて長さ5.2センチ、はねの幅は7.5センチ。かなりの迫力です。

 ありがとうございました。

キイロスズメバチ

 一昨日11月24日、自宅のベランダにあった、キイロスズメバチの巣を撤去しました。お酒の徳利を逆さにしたような形です。網で囲って薬を散布し、様子を見て取り除きました。

 これは直径6.0センチ、長さ12.0センチ。中には巣が1段だけ入っていました。以前撤去したときは10匹以上のハチが出てきたのですが、今回は1匹だけ。あっけなく済みました。

 先日のコウモリ対策もそうですが、山に近いところに住んでいると、いろいろな生き物がやってくるということです。実はよろこばしいことだと思います。

 防備録という感じでおしまいです。失礼しました。

IMG_0743●オオスズメバチ封入標本
 久保田が作成した、オオスズメバチの封入標本です。体長5.2センチ。大きいです。

P1090361●キイロスズメバチの巣
 ベランダのキイロスズメバチの巣です。ほんとにとっくりを逆さにした形です。

IMG_0671●キイロスズメバチの巣
 キイロスズメバチの巣です。1匹だけ落ちてきました。

IMG_0679キイロスズメバチの巣分解
 キイロスズメバチの巣を分解したあとです。とてもやわらかいので、すぐにくずれました。中から干からびた成虫が2匹出てきました。



コミュニティ創造会議 防災ワーク121125(日)
コミュニティ創造会議 防災ワーク121125(日)

 久保田が所属している、コミュニティ西山では、年に3回、西山創造会議というものをしています。宝塚社会福祉協議会の協力で実施している福祉ネットワーク会議と、西山小学校・西山幼稚園の安全対策委員会というものも同時開催しています。

 今回は、2012(平成24)年度の第2回め、久々にワークショップを開き、防災をテーマに3つのグループに分かれて話し合いをしました。阪神淡路大震災でしてきたことやよかったこと、その時の問題であったこと、これからこんなことをしたい、といったテーマで、ポストイットに記入して整理しました。

 阪神淡路大震災があったのは、もう18年近く前、それでも出席者の体験は多様でした。やはり情報を日常から共有することの大切さを感じました。

 たくさんの知恵や体験を集めて、前に進みたいとも思いました。避難所の開設訓練をしたいという方向性がでたことも新しい成果でした。こんな会議そのものも、防災対策であるという指摘もあり、なるほどと思ったりしました。ワークショップをすると、毎回新たに学ぶことがあります。

 こんな感じで、結構前向きに日々を過ごしています。いつまで続くかわかりませんが、「がんばらないけど、あきらめない」ということで、ぼちぼちやりますわ。

 参加されたみなさん、ありがとうございました。

校長先生のあいさつ
 校長先生が報告します。西山小学校と西山幼稚園の安全対策委員会も兼ねています。

わいわいがやがやします
 わいわいがやがやします。すぐに1時間は経過します。

3つの班にわかれて検討
 3つの班にわかれて検討しました。それぞれ個性がでます。

模造紙成果物の一部
 模造紙成果物の一部です。この班は「そなえあればうれいなし」がテーマになりました。



コウモリ 2012年11月24日(土)
コウモリ 2012年11月24日(土)

 実は、久保田は自宅でコウモリを飼っていました。というか、自宅にコウモリが住み着いていました。

 以前、10年ほど前に、2階の戸袋を見たときにコウモリを発見し、戸袋を開けた瞬間に、数羽のコウモリが部屋の中を飛び回り、びっくりしたことがありました。

 で、その時に、平和的に解決しようと、フンの掃除をしてガムテープで戸締りさせてもらいました。それがしばらく経ってはがれてから、再度コウモリが復活していたわけです。

 フンがかなり目立ってきて、家が傷む不安も出てきたため、再度平和的解決をすることにしました。孫を呼んで手伝ってもらい、フンの始末をして、網戸の網を貼りました。

 コウモリ(家では「モリオくん」と呼んでおりました)には申し訳ないのですが、どこか、別のすみかを見つけてほしいと思います。

 ごめんなさい。

装備します
 装備します。あやしげです。

掃除します
 掃除します。たくさんフンがありました。モリオくんはいませんでした。

戸袋にたまったコウモリのフン
 戸袋にたまったコウモリのフンです。かき出して庭の土にまぜました。

網戸の網でふさぐ
 網戸の網でふさぎました。ガムテープはこれからはがします。モリオくんは何処へ。


寝屋川点野のイチョウまつり
寝屋川点野のイチョウまつり 2012年11月23日(金・祝)

 毎年恒例になった、寝屋川点野(しめの)、茨田樋遺跡(まったのひいせき)水辺公園でイチョウまつりがありました。

 今回初めてフェイスブックにも投稿してみました。まだ慣れていませんが、これもぼちぼちです。

 午前中は摂南大学の学生さんがEボートを出してくれて、地域の子どもたちが乗船しました。
 
 午後からは、公園で点野茨田樋のいわれを知るスタンプラリー、イチョウの木への感謝の催し、淀川に関わる河川レンジャーをはじめとした、各団体の活動紹介などを行ない、豚汁、ギンナンご飯、小学校で収穫した焼き芋などがふるまわれました。

 久保田は先日のエコフェスタに引き続き、アシ笛づくりをしました。何度もしていますが、なかなか難しいところもあります。もう少し極めたい気分になりました。

 イチョウに隣接する場所に、市役所が少しだけ土地を購入してくれたので、その場所がテント設営にちょうどよかったです。少し雨も降りましたが、茨田樋のこともけっこう知っていただくことができたと感じています。

 ありがとうございました。

寝屋川点野の大イチョウ
 寝屋川点野(しめの)の大イチョウです。昔の京街道(国道1号線)沿い、派出所の隣に植えられたものです。たくさんのギンナンがとれます。

イチョウまつりの様子
 イチョウまつりの様子です。150人くらいの人が参加しました。さまざまな活動団体の紹介パネルも展示しました。

ギンナンを焼く
 イチョウの木の下でギンナンを焼きます。香ばしいです。

茨田樋跡
 茨田樋(まったのひ)跡の一部です。落とし堰は大工の渡辺さんが作ってくれたものです。

昔の用水路
 落とし堰に隣接する別の水路です。階段や橋は新設したものです。


選挙は原発停止で 121124(土)
選挙は原発停止で 121124(土)

 12月16日に衆議院選挙が行なわれることになりました。久保田は脱原発というか、原発即時停止を進める候補者にと考えているのですが、ほんの1票だけでも、誰にするか、悩みはつきません。

 橋下徹は脱原発をうたっていたにもかかわらず、石原慎太郎と一緒になるために原発推進に変わったように思います。もともと原発の危険性など実感していなかったのかもしれません。悲しいことです。

 石原慎太郎は原発推進ということもありますが、尖閣諸島の買い上げという話を持ち出して、日本と中国の関係を悪化させた張本人で、責任はとても重いはずですが、マスコミはその指摘をしないようです。中国の反日デモも、石原慎太郎が最大の原因なのに。

 福島の事故は、東京が電気を使いすぎることから生まれたともいえるので、東京都の責任は重いのです。しかし彼はそんな責任など少しも感じていないようです。

 石原慎太郎の最後の仕事は、広瀬隆によれば、反原発デモの会場として、日比谷公園を利用させないことでした。

 権力を持っている人は、庶民を見捨てる。そんなことをわかり易く名言しているわけで、信じられませんし、そんな人が選挙で多くの票を得ることも信じられません。


 話を変えて、考えてみると、民主党の支持母体には電力労連がいました。自民党は、かつて農村地帯に支えられていましたが、現在は企業や都会の圧力にまけてTPPを進めているようにもみえます。

 久保田はTPPには反対しています。農業をここまで疲弊させた政治家も信じられません。久保田は森林を守り、農地を守ることで、日本の国土は守られていると信じているものですから、その大切さをもっと伝えていくことが必要なのでしょう。

 しかし何をするかといえば、ときどき署名するくらいで、あまり力にはなりません。

 権力をもつ3極になりそうな、自民党、民主党、維新の会は、どれも原発容認、つまり原発推進派です。公明党もしかり。

 当面、反原発を掲げるのは、共産党、社民党、国民の生活が第一、みんなの党、そのくらいでしょうか。緑の党ってあったかなあ。久保田の認識はそんなものです。少ない(というか、あふれる、というか)情報の中で、判断するしかありません。

 福島から避難している多くの人々、そして避難することもできない多くの人々に思いをはせて、原発構内で復旧作業にあたっている下請けの人々に思いをはせて、できることを少しずつしていきます。

 と言っておこう。



防災と環境121122木
防災と環境121122木

 2012年11月22日、東京から来ている都市防災研究所の方々と、大阪市内を巡り、行政との話し合いをしてきました。
 
 防災については、昨2011年3月11日の東日本大震災以来、各地で災害に対応する取り組みが始まっています。ポイントは「減災」、命を守ることを最優先に、被害を最小限にくい止めようということです。それはハードはもちろん必要ですが、それをいかすソフトがとても重要ということです。そのためにも、これまでの地縁的な組織の枠組みを超えて、多くの人が参加しやすいコミュニティづくりが求められているのでしょう。

 そんな横のつながりを強めることが必要になっています。そんなことも仕事になってきたことをうれしく思います。

 久保田の好きな川の取り組みも、洪水被害を少なくすることだけでなく、生き物環境を育てることや、子どもたちへの働きかけなど、地域の人が関わることで、防災と環境の両立ができていくのだと考え、ぼちぼちと活動してきました。水の大切さや、森の役割、川を汚さないことなど、少しずつですが、進んでいます(のつもり)。

 もちろん、久保田の住む地域でも、簡単には活動は広がりません。

 でも考えてみると、毎月まちづくり協議会の運営委員会では、30名近くの地域の代表者が参加して情報交換を続けたことで、地域の活動が多様に進んだことも事実だと思います。

 自治会、まちづくり協議会、小学校、幼稚園、PTA、NPOの代表、民生委員、スポーツクラブなど、1カ月の報告と今後の予定などが毎回、にぎやかに報告されています。こういうのを「プラットフォーム」と呼んだりするのですが、その真ん中にいて、関われることは幸せなことです。

 先日11月21日(水)、近畿大学の先生が、久保田の所属する「コミュニティ西山」(正式名:宝塚市西山コミュニティ協議会)の活動についてヒアリングに来訪されました。いろいろ説明したので、久保田もこれまでの活動をふりかえる良い機会になりました。

 コミュニティの活動自体は進まないことも多いのですが、まあ、あきらめないで続けたいと考えています。

 とりあえず、朝のご近所のあいさつを続けます。災害時の隣同士の助け合いは、日常のつきあいからですよね。1日1日を大切にしていかなければ。

 本日もおつきあいただき、ありがとうございました。


寝屋川エコフェスタ 2012年11月18日(日)
寝屋川エコフェスタ 2012年11月18日(日)

 恒例の寝屋川エコフェスタに参加してきました。毎年1週間前に交野の星田山に間伐に行き、ヒノキを切り出すのですが、今年はあいにく雨だったため、その前日に、ねや川水辺クラブの有志の方々が間伐されました。
 
 最近は河川レンジャーのテントも隣り合わせに出しており、今年は水辺クラブが通常の丸太切り、河川レンジャーが葦笛づくりを提供しました。久保田は子どもたち相手に葦笛づくりに力をいれていました。音が出た時の子どもたちのうれしそうな顔が何よりです。元気が出ます。次から次へと子どもたちがやってきて整理もたいへんでした。

 丸太切りは切った後に、皮をはいでもらい、外周の一皮のみが成長することとか、二酸化炭素を吸い込んで、酸素を出すこと、木の半分は空気からできている、などを説明します。においをかいでもらい、気に入ればお風呂に浮かべてもらうように言っています。9時過ぎから14時30分まで延々と対応していたので、くたびれましたが、子どもたちの笑顔を見ると、気分が良く、久保田の毎年の恒例行事として欠かせません。

 家に帰ってつれあいに話をすると、自分の子どもが小さい時にも同じ対応をしていれば、あんな子にはならんかった。とのこと。そう言われてもなあ。

 ありがとうございました。

水辺クラブのテント全体風景
 水辺クラブのテント全体風景です。正面が水辺クラブ、右が河川レンジャーのアシ笛づくりのコーナーです。

丸太切り挑戦
 丸太切りに挑戦します。子どもたちも取り組んでいました。

熱心にアシ笛づくり
 熱心にアシ笛づくりです。音が出るとうれしいです。

8月14日豪雨の動画
 2012年8月14日の豪雨の動画です。駅前の産業振興センターの4階から撮影です。沈下橋は全部埋まっていました。

ねや川水辺クラブ展示一部
 ねや川水辺クラブの展示の一部です。



小浜まちなみ散策 2012年11月15日(木)
小浜まちなみ散策 2012年11月15日(木)

 宝塚市には、古いまちなみがあります。交通の結節点で宿場町であった、小浜宿(こはまのしゅく)です。
 江戸時代には有馬街道、西宮街道、京伏見街道(現在は「巡礼街道」とも呼ばれています。)という3つの街道の分岐点でした。海がせまっていたことから、2つの港もあり、近年まで3台のだんじりが残るなど、経済的にも豊かでにぎわいを見せていたようです。

 1995年1月17日の阪神淡路大震災の影響で、歴史的な建造物の半数以上が倒壊し、風情は変わっていますが、それでも

①建築様式を昔に合わせる取り組み
②江戸時代の高札の復元
③マンション開発の中止
④歴史を紹介する人材育成
⑤新しい商品開発(かわらせんべい)

などなど、多くの人が参加して、まちづくりが進められています。

 かつては宮大工で知られた棟梁もおり、大工のまちでもありました。「海の堺に陸の小浜」と呼ばれたこともあったそうで、幕府のおふれがきを書いた「高札」も資料館に現存しています。また地元の方々が最近その高札の復元も行ない、誰もがみることができます。

 工房館(通称とんかち館)では、木工の体験もできます。歴史的景観を守るため、マンション開発に反対して、半分は地元で確保、半分は市役所が買い取るなどして資料館が建設されています。工房館も同様に対応して、まちの雰囲気が守られています。

 2012年11月15日当日は、まず工房館にて概要説明をうけました。その後まちに出て、それぞれの場所ごとの担当の方から、小浜資料館、復元した高札、毫摂寺(ごうしょうじ)、首地蔵、大堀川と桜並木、いわし坂、などを案内していただきました。

 小浜資料館には、ジオラマがあり、昔の小浜の様子を偲ぶことができます。高札(おふれがき)や、地域出身の相撲取りの番付などが現存して展示されています。

 道路沿いにある高札の復元は最近のことです。道徳教育のはしりとも言えそうな「してはいけないこと」や、主な地域にでかける際の馬の料金、などなど、興味深い内容です。

 毫摂寺は寺内町の中心。かつては勢力もあったお寺ということのようです。数回の火災のため、規模は縮小しています。それでも落ち着いた雰囲気で歴史を感じます。

 首地蔵に至る宿場南側の分岐点には道標が埋もれており、「右西宮」「左のみち」とあります。今は「のみち」の方が広いのですが、これはいわゆる「野原の道」、つまり地域の細街路です。西宮へ向かう坂を下りる道が本来の街道です。人々は武庫川を渡る、伊孑志(いそし)の渡しを経て西宮と往来していたわけです。

 首地蔵は、西の高台の一角にあります。伏見から洪水で流れてきたとかいう説があります。火事で燃えたために顔が痛み、補修されていますが、平成5(1993)年、お隣に新しい首地蔵がつくられました。屋根をつけようとすると、大工さんが病気になることが続いたため、屋根はつけず、おまいりする部分だけが覆われています。お地蔵さんは雨に打たれることが好きなようです。ということでお地蔵さんは雨ざらしです。

 首地蔵から坂をおりると、かつて大水害で亡くなった人をまつる合同慰霊碑があります。その昔、現在の美座の集落に当たる地域は「身佐」とも書き、武庫川の右岸にあったらしいのですが、大水害の後、左岸に移りました。その後、地域には武庫川などの改修にあたる人々も住み着くことになります。実は現在でも水害の危険性の高い地域なのです。

 大堀川は平成元年(1989年~)になり、小浜の町並みを愛する会の方々が中心となって桜が植えられ、快適な遊歩道になっています。この大堀川の上流にいわし坂があります。

 いわし坂は小浜の西の一番奥に位置していますが、むかしはその下まで海や川があり、土砂で埋まったことから、水路が掘られ、それが大堀川となりました。いわし坂は、ちょうど有馬街道から小浜宿に入る入り口に当たります。この小浜の宿周辺に2か所も港があったのです。

 地元にこんな歴史があることは、昨年まで知ってはいたのですが、水環境交流会で案内していただいたことを含めて、今年で3回案内していただき、そのたびごとに新しい歴史の発見があります。

 コミュニティ西山からは12名が参加し、丁度よい人数で説明をうけることができました。

 小浜の町並みを愛する会のみなさま、ありがとうございました。

高札をみます
 高札(こうさつ)をみます。悪いことをしてはいけないとか、家族などを大切にするとか、道徳的な内容もあります。

たいへん古い道標です
 大へん古い道標です。下の部分がコンクリートに埋まっているのは、大へんもったいないです。

小浜宿の入り口標識です
 小浜宿(こはまのしゅく)の入り口標識です。わかりやすい標識があちこちにあり、親切な印象をうけます。

首地蔵です
 首地蔵です。屋根をつけようとすると、関係者が病気になったりしたので、雨にうたれるようになっています。

武庫川洪水被害者をまつる石碑などの説明
 武庫川洪水被害者をまつる石碑などの説明です。かつて大水害で多くの人が亡くなったようです。

かつて船が行き来きした大堀川
 かつて船が行き来きした大堀川です。土砂で水路が埋まり、人工的につくられたものです。




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