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久保田洋一のブログ
いつもどおりですが、気まぐれに書いていきます。2009年10月1日からfc2で再開しました。
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放射線測定値(たんぽぽ) 2012年05月26日(土)
放射線測定値(たんぽぽ) 2012年05月26日(土)
 (兵庫県宝塚市、木造住宅2階 測定器:たんぽぽ旧型 *1000カウント/10秒=1μSv/h。)

◆2012年05月26日(土) はれ  平均値 60.6 最大値 76 最小値 45

 相変わらず、大きな変動はないようです。0.06μSV/h前後です。

 東京へでかけた際の測定結果を少し紹介します。cmというのは地面からの高さです。

 新幹線の車内は概ね低く、13.3から39.6という値でした。0.01μSV/hから0.04μSV/hですから、とても低いです。トンネル内部は若干高くなります。

 これは最近の福島とは異なります。福島ではトンネル内部が低いのです。

 戸山公園の土の地面は少し高めです。高さ100cmになると、7割程度に下がります。これは福島の状況と似ています。汚染は少ないけれど、でも間違いなく存在しています。それでも地面から5cmで0.13μSV/hですから、つい、低いと感じてしまいます。

 子どもたちは疎開するほうが好ましいとは思うのですが、現実は許されることでもないのでしょう。せめて長い休みをとって、受け入れることを各地でしていくのでしょうか。

◆2012年5月12日 
新幹線内
 新大阪駅    平均 30.3
 琵琶湖東岸   平均 24.8
 名古屋駅    平均 24.6
 豊橋駅付近   平均 16.0
 浜名湖付近   平均 13.3
 島田付近    平均 34.6
 静岡駅付近   平均 27.8
 清水付近    平均 17.2
 三島駅通過後  平均 32.3
 丹那トンネル  平均 39.6
 新横浜駅    平均 25.1
 品川駅     平均 16.2
 
御徒町のビル   平均 55.9

御徒町グリーンホテル 10階   平均 42.5

東京都八王子霊園 墓地5cm   平均 66.9

杉並区 久保田宅外部5cm   平均 82.6
     久保田宅井戸5cm    平均 72.2
 
新宿区戸山公園 地面 5cm   平均 113.4
  同上     地面100cm    平均  70.1

  同上側溝付近  地面 5cm  平均 127.2
  同上        地面 100cm  平均 80.0 

側溝は少し高い
 公園の側溝付近は0.13μSV/hと少し高い値でした。高さ1mになると0.08μSV/hに下がります。近くの大学のキャンパスは0.05から0.06μSV/hでした。雨水がたまる低地に、放射能もたまるのです。


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治水と環境の一体化 120517木
治水と環境の一体化 120517木

川に学ぶシンポジウムのプレシンポジウム

 2000年5月27日(土)、川に学ぶシンポジウムin近畿のプレシンポジウムが、尼崎の園田学園にて行なわれました。

 本番のシンポジウムは9月9日、10日の2日間、京都府八幡市で予定されていましたが、実行委員のメンバーは、まだ自分自身の勉強が不足しているという認識があり、当時建設省の方々や研究者の方々にお願いして、事前の勉強会を5回ほど実施してもらいました。

 さらに、広く知っていただくことなどをめざして、プレシンポジウムをすることになりました。もう10年以上も前のことです。開催趣旨の中では、人と川のかかわりを取り戻すことが大きな目標になっていました。

 2000年5月27日(土)尼崎にある園田学園女子大学のホールを借り、まずは『「川に学ぶ」研究会』というものの説明をしていただき、川に学ぶということの理解を深めることにしました。尼崎の安田さんが中心となり、尼崎のNPO法人シンフォニーの方々にもお願いして講演会を中心とした催しになりました。

 基調講演は徳島の「かっぱのげんさん」こと、山内満豊さんでした。カヌーで知られる野田ともすけさんなどとも懇意で、尼崎から移住し、徳島の川の現場で遊び、川の現場で魚をとり、川の現場で人との付き合い方を広めた方です。

 久保田はこのころは、川が自然に戻ることが必要であると感じていましたが、最近の「川が川をつくることを手伝う」といった発想は無かったです。しかし、発表者の方々は、昔の自然に近い川の姿を思い起こしていたのだと、今になって感じます。

 久保田はこの事前研究会で、宝塚で活躍する「櫻守の会」の方と知り合い、武庫川沿いにある「桜の園」の存在を知りました。かつて「笹部新太郎」さんが私財をなげうって、武庫川近くの山に桜を植えて、研究活動をしていたことも知りました。大阪造幣局の桜の通り抜けや、吉野の桜を指導された方らしいです。ワシントンの桜はこの方ではなかったのでしょうか。

 こうして、プレシンポジウムも無事終了し、いよいよ本番です。久保田が所属する関西総研にもお願いして、事務作業を実費で引き受けることにしました。

(つづく)

(笹部新太郎さんの情報はうろ覚えです。28日深夜、修正しました)


治水と環境の一体化 120516水
治水と環境の一体化 120516水

「川に学ぶシンポジウム2000in近畿」 (アップをおやすみしていましたが、つづきです)

 1995年の震災以降、川や水路に関する取り組みは、国や県などから、市町村や市民に身近なものになってきました。近自然工法や多自然型川づくり(後に「型」がとれて多自然川づくり)の流れもあり、歴史や文化などが加わると、役所だけの対応では立ち行かなくなってきたのでしょう。治水の技術を見直す流れも出てきたと思います。

 河川法の改正は1997年。多くの人が川を見直すきっかけとなった出来事だと思います。前回もお伝えしましたが、治水、利水に加えて環境が追加され、地域住民の意見を反映するという内容も加わったことで、これまで川に関する活動をしてきた地域住民や活動家が、表舞台に出ることになったのです。

 そして、2000(平成12)年、近畿で「川に学ぶシンポジウムin近畿」という催しが開催されることになりました。

 その前年1999年に、北上川を舞台として川に学ぶシンポジウムが開催され、そこに参加していた大阪府職員の土谷さんという女性が、「2000年は近畿で受け入れる」と宣言(発表?)してしまったことによります。

 土谷さんは、宣言してしまったものの、不安になり、私達のメンバーに相談したのです。結果としては最初の集まりに30名以上が参加し、実行委員会をつくり、開催日としては、2000年9月9日、10日の土日に実施することを決めました。

 第2回実行委員会は久保田が所属する関西総研で開催したのですが、やはり30名以上と会議室の定員を超えてしまい、次回からは、大阪府の河川情報センターの会議室を、無償で借りることになりました。

 実行委員の中に行政職員も多く、行政とのつながりは何よりだと感じました。土谷さんは若い女性ですが、皆の推薦で実行委員長になり、これも近畿の特徴だったと感じています。司会も近畿地建の西下さんという、これも若い女性にお願いすることになりました。

 このメンバーは会議が好きな人たちでした。しかし、決め事が決まらないことも多く、不思議な会議でした。でもお互いの気心が分かり、情報交換をする良い機会になったと、今になって思います。

 会議の後は必ず飲み会となり、遅く帰ることも増えました。インフォーマルな話し合いの場が大切ということを実感する場にもなり、この経験が後のNPO法人設立につながり、現在の活動につながっていくことになります。

 そして、シンポジウムを開催する前に、委員の理解を深めるために、学習会を開催し、さらにプレシンポジウムまですることになりました。

(つづく)


寝屋川クリーンリバー120527日
寝屋川クリーンリバー120527日

 毎年恒例の寝屋川クリーンリバーは5月27日、天気に恵まれた日曜日、寝屋川市内12カ所で実施されました。昨年は雨のため中止でしたがなによりでした。

 久保田は京阪寝屋川市駅前に参加していますが、今年は大阪府枚方土木事務所から20名、ヤクルトから20名、エクセディから20名など、団体からの組織的な参加も多く、一般市民の参加を合わせると100名近くになりました。家族連れの親子も数組参加してもらい、わいわいと作業しました。

 久保田は体力の衰えもあり、ゴミ袋や道具の配給、ごみの移動などをしました。

 結局200袋では足らず、土のう袋を使い、さらに追加ゴミ袋もあって、最終的には250くらいになりました。駅前はほとんどが草ですが、これも空石積みで整備していることによります。生き物の生育に配慮すると、そのわずらわしい管理には世話がかかります。それもこの川を育てるためです。

 すり傷をつくった小学生もいましたが、1時間半は無事に終了。暑かったため、くたびれましたが、良い汗をかきました。ありがとうございました。

駅前整備前1
 駅前整備前です

駅前整備前2
 駅前整備前つづきです

駅前整備後1
 駅前整備後です

駅前整備後2
 駅前整備後つづきです

うんりゅうやなぎ
 うんりゅう柳です。駅前整備に際して、ワークショップ参加者がぜひ残したいと要望し、仮置きして再度植えていただいたものです。キノコが出ていたそうですが、復活しています。

ゴミ袋です
 集められたゴミ袋です。わかりにくいですが、200個以上あります。

ゴミの撤去です
 業者さんが2回にわけて運んでくれました。ユニックで吊り上げています。



近畿水の塾 総会終了2012年5月26日
近畿水の塾 総会終了2012年5月26日

 久保田が所属している、NPO法人近畿水の塾、第11期(平成24年度)の総会が終了しました。

 2002年8月に誕生してから丸10年になるわけです。思えば2000年9月のシンポジウムからはじまった活動でしたが、法人としてスタートしたことで、自分たちに「枠をはめ」てきたわけで、様々な活動も広がり、体験や仕事にも広がりができたような気がしています。

 今回は福岡から土谷さんも幹事として、来訪。総会は滞りなく終わり、記念講演として、岩手県大槌町役場復興特別顧問として活躍されている、末村祐子さんのお話をうかがいました。

 詳細は別の機会にゆずりますが、阪神淡路大震災の経験が活かされたところもあったようです。しかし町長をはじめ、130人の職員のうち30名が犠牲になったということで、戸籍の作業、弔意金、罹災証明、避難所の運営など、地元を知る職員が不足しており、役場の苦労は並大抵ではないことが、話の中からうかがえました。

 水道管の凍結や便器の割れなど、地元を知らない業者が関わったことによるトラブルもあったようです。

 阪神淡路大震災の教訓からは、生活支援相談員が迅速に置かれたことがあるようです。仮設住宅に入る人が知り合い同士ということはあったのでしょうか。これは確認したいと思います。

 一番驚いたことは、実は参加されていたMさんの指摘でした。被災地に外部から派遣された行政職員の給料や時間外手当は、その被災地に請求が行き、それを国に申請する作業を、被災地の自治体が担当しなければならないという点です。

 被災地の自治体の負担は、それでなくても大変なのに、そのような事務作業を被災地にさらに負担させるというのは、仕組みとして、あんまりだと感じました。ほんとに方法はそれしかなかったのでしょうか。

 他に学んだことは、

 「生活支援相談員」は、社会福祉協議会の職員などで、個人への対応(保健士や包括支援センターなども)。

 一方、

 「地域支援員」は、素人でも研修をうけてできる人で、地域を広くみわたして見守る、地域への対応。例えば孤独死があっても、短時間で見つけることができる。

 ということです。

 末村さんは「縦糸と横糸」という表現で、どちらも必要と言われていましたが、久保田の地域でもこの「地域相談員」の仕組みが必要だという気がしました。被災地だけでなく、どこでも当てはまることなのです。

 久保田もできることをぼちぼちしていこうと、気持ちを新たにしました。ありがとうございました。

案内看板です
 案内看板です。手書きです。尼崎市の小田公民館で行なわれました。


原子放射線の影響に関する国連科学委員会 
原子放射線の影響に関する国連科学委員会 

 本日、神戸でまちづくりのコンサルタントをしている安田さんのブログを見ていたら、評論家の西部すすむが寄稿している毎日新聞記事(5月23日朝刊)があるというので、早速読んでみました。

 原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の委員長が、1月に重大な発表をしたという紹介をして、その内容が正しいように応援していました。

 いわく、
「福島において、現在も今後も健康被害が出るとは考えがたい。」

「被災地の瓦礫を放射性恐怖ゆえに引き受けないという日本各地の反応は、卑劣であったのみならず、愚劣であったということになる。」

「この地域(チェルノブイリ周辺)の甲状腺ガンについては、政府の警告がなかったせいで母親たちが大量の放射性ヨウ素131が含まれたミルクを子供に飲ませてしまったことによるという。「福島」ではそんなことは皆無だったので、健康被害は心配しなくてよいとのことである。」

「異説に対しての「見ざる言わざる聞かざる」の三猿はやめようではないか」

 といった内容でした。恐らく自分が引用したい記事を探してきたのでしょう。上記UNSCEARの委員長が委員会として発表したことかどうか不明ですが、久保田の思い込みでは、この委員長は少なくとも原発推進派であることは間違いありません。

 東大出の秀才がこれほどまでに高い目線で住民を見下すことができるのかと、あっけにとられたのですが、それをきちんと掲載する毎日新聞もすごいと感じました。しかし、こういう意見を持つ人が多い事も確かなのでしょう。

 おりしも、24日、25日の毎日新聞の第1面は、この前に書いた通り、「原子力委員会秘密会議」「秘密会議、委員長も出席」という見出しで、原発の使用済燃料の再処理費用が安くなるように、試算を改ざんし、この会議に原子力委員会の委員長も出席していたというものでした。

 恐らく毎日新聞も、このスクープとのバランスをとったつもりなのです。評論家は、それを支持する人がいるから成り立つわけで、原発推進派にとって、心地よい文章になるのだろうと感じています。しかし大新聞社もこんな「卑劣で、愚劣な」(西部すすむの言を引用)記事を掲載するというのは、常識を疑います。

 「見ざる聞かざる言わざる」の三猿をしているのは、久保田の理解では、どう考えても原子力村の人たちです。権力も情報もお金も持っている人たちの目線で、権力も情報もお金もも持たない人を非難しているのです。こういう人は、「きらい」です。

西部すすむ記事120523
 西部すすむ 記事です。友人の安田さんのブログからです。5月23日毎日新聞朝刊です。文章は上手ですが、ひどい内容だと感じています。


いろいろあります 2012年5月25日(金)
いろいろあります 2012年5月25日(金)

 一昨日の23日、昨日24日と、たまたまですが、道端で倒れている人を助けることがありました。

 一昨日23日は、昼間、宝塚の安倉周辺にでかけた際に、信号の前の道路におじさんが倒れていたというものです。久保田の車の前にもう1台車があったのですが、その兄さんが降りて状況をみていたので、久保田も降りて、一緒に助け起こし、兄さんが警察に連絡しました。

 しかしなかなか警察は来ません。救急車がよかっただろうかとか、通りがかりの人と4人で立ち去り難く、警察を待ちました。

 家はどこですかと聞いてもよく聞きとれず、要領を得ないのですが、杖にお名前が書いてあったので、道行く人に、知人はいないか、聞いたりしていました。
 そのうち警察も来て、話していると、知り合いの女性が「おっちゃんどうしたん」と声を掛けてくれて、結局家もわかり、パトカーで病院へ送るということになり、一見落着しました。

 やはり情報を書いておくことは大切なことだと思いました。お聞きした電話番号は2回とも間違いで、なんだか、振り込め詐欺と思われたらしく、すごく不審がられました。「お宅のご主人が道で倒れています」と見ず知らずの人から言われたら、まず不審に思うのでしょう。

 まあとにかく一見落着しました。


 昨日24日は、夜の会議の帰り、駅から自宅まで歩いて帰ったのですが、家の前の溝に、片足を落としてうずくまっている男性を発見。びっくりしました。

 こちらの男性は、言葉もはっきりしておられ、住所も言う事ができましたが、携帯電話がなっても、とる事ができないようで、久保田が代わって電話に出ました。ご自宅からの電話でした。何度も電話をかけられたのですが、連絡がつかなかったようで、警察に通報するかどうか迷っておられたそうです。

 たまたま久保田の隣のご主人も車で帰ってこられたので、途中までお送りして、明るい道の交差点で待ちました。警察の人もたまたま通りかかり、心強かったです。パトカーを呼ぼうと話もしていたのですが、結局民生委員さんと奥さんが迎えに来られ、隣のご主人が車で送ってくれました。

 この2日で、自分の名前と電話番号、住所などがわかるものを携帯しておくことは、とても大切であると実感しました。

 家族からは、アニメの「コナン」みたいやわと言われました。久保田が行くところに事件ならぬ、おじさんがいるということらしいです。でもよかったです。

 ということで、気分が高ぶる2日間でした。

 昨日と今日の毎日新聞朝刊の第1面は、「原子力委員会秘密会議」「秘密会議、委員長も出席」という見出しで、原発の使用済燃料の再処理費用が安くなるように、試算を改ざん(久保田)し、この会議に原子力委員会の委員長も出席していたというものでした。「またか」という内容でしたが、これは悲しい、でも重大な情報です。

 推進派がこれだけ焦っているということかもしれません。この話はまたこんど。


 
みやまあかね ガーデンフィールズ展示120503
みやまあかね ガーデンフィールズ展示120503

 だいぶ時間が経ってしまいましたが、ミヤマアカネの取り組みも続いています。5月1日に西山小学校のプールでタイリクアカネのヤゴをとり、逆瀬川で魚やハグロトンボのヤゴをとり、それを5月3日にガーデンフィールズで提供しました。

 結局60名近くの子どもたちが来訪し、そのつきそいの親御さんたちも来て、わいわいがやがやと楽しんでいました。あかねちゃんクラブのメンバーといえば、あちこちの出店をハシゴして、展示内容をリサーチしたり、買い物をしたりと、これまた楽しんでいました。なによりです。

 今年も8月にみやまあかね祭(昨年から「あかねちゃん学園」と名称変更)を予定しています。逆瀬川と、宝塚ゴルフ倶楽部、西山の雑木林、六甲山、そして緑の多い住宅地などが、複合して、ミヤマアカネにとって最適な生息環境になっているようなのです。この環境を守ることはとても大切なことに思えます。

 もしかして、これは既にブログに書いているかも。

ガーデンフィールズ入口です
 ガーデンフィールズの入り口です。けっこう奥まったところで展示していました。

案内板です
 案内板です。あかねちゃんクラブは5月3日だけ出店しました。

展示の一部です
 マーキングの方法と結果を説明しています。

封入標本です
 プラスティック封入標本です。左がミヤマアカネ、右上はマユタテアカネ、右下がハグロトンボです。

子どもも親も真剣でした
 子どもも親も真剣にポイを使っていました。今年もザリガニは人気でした。


金冠日食 2012年5月21日(月)
金冠日食 2012年5月21日(月)

 久保田は、けっこうミーハーです。金冠日食はやはり注目しました。早起きして、泥縄式にカメラを準備して、さてメガネをどうしようかと考えていたら、つれあいがフィルムカメラのフィルムを出してきて、ボール紙に穴をあけて、貼り付けて準備してくれました。 これがちょうど良かったです。

 ということで、久保田も不十分ながら撮影してみました。

 しかし、少しうす暗くなったような気がしただけで、金冠日食はほんとに明るいものです。昔、山形に住んでいた1960年か1961年に部分日食があり、授業で眺めた記憶があります。小学校2年か3年の時です。

 数年前にも部分日食を見ましたが、今回は美しいものでした。このようなことができるのも平和があるからだと感じます。福島の人たちはどうしているでしょうか。

久保田自宅にある琵琶の木です
 久保田自宅にある琵琶の木です。

7時22分です
 7時22分、かなり欠けてきました。

7時35分です
 7時35分、金冠食です。

琵琶の木の木漏れ日も金冠食
 琵琶の木からの木漏れ日です。不思議な光景です。


都市計画について 2012年5月14日(月)
都市計画について 2012年5月14日(月)

 5月14日は、大学の先輩のところにあいさつを兼ねて、情報収集に行ってきました。久保田は福島市で青春時代を送ったこともあり、震災復興に大学がどのように関わっているかを知りたかったのです。

 久保田は都市計画の仕事をしていたのですが、最近は、川に関する仕事が多く、整備計画などハードの仕事ではなく、川にどうして関わるか、人と川とのつきあいをどうするかなど、ソフトの仕事(比重)が多くなっています。整備計画の場合でも、住民と役所の意見をすりあわせるワークショップの運営が中心です。

 それ以外の仕事としては、地域の紹介をする「まちづくりのしおり」や、地域の「安心安全マップ」を住民の方と一緒につくったりしています。最近は総合計画なども、住民とともにつくることが増えています。

 自分の住むまちでしていることといえば、逆瀬川の生き物調査や、ミヤマアカネのマーキング、清掃活動や、川のことを知らせる活動に関わっており、あとはマンションの見守り活動のためのワークショップの企画、進行、まとめなどになります。

 そういえば、3年ほど前に久保田が所属する自治会の区域を対象として、地区計画を含む3つの制度の実施にも関わりました。

 まとまりなくなってきましたが、何を言いたいかというと、実は都市計画には最近関わっていないという話を、先輩にしたところ、「それこそ都市計画だよ」と言われて、はっと思ったのです。最近の都市計画は、久保田が思うよりも、もっとソフトが重視されているようなのです。

 頂いた書籍には「まちづくり市民事業」という表現があり、もちろんハードが中心ではあるのです。しかし内容は、人と人がいかに相互理解するか、いかに合意形成をはかっていくかが重視されているものでした。

 それにしても、まちの仕組みを、お金の確保もあわせて実現させていく活動は、やはり東京は進んでいるのだと感じました。市民事業はやはり、ソフト中心とはいえ、ハード事業はかなり重要な要素なのです。

 東北の復興の話は、いくつか書籍がでているそうで、紹介していただきました。早速入手するつもりです。

 重くなってきました。つづくかも。以下の写真は、新大久保駅周辺が激変していることをお知らせするものです。ご参考まで。

新大久保駅近くのマンションです
 新大久保駅近くのマンションです。昔から緑に覆われていましたが、現在も健在。

新大久保駅です
 新大久保駅前はまるでお祭り。遠方から来ている人も多かった様子。

韓流ブーム
 韓流ブームはすごいです。若い女性がほんとにたくさん来ていました。

韓流ブーム
 いわゆる「イケメン」店員さん。周辺は韓国語が飛び交っていました。

新大久保周辺韓流マップ
 新大久保周辺の韓流店舗マップです。一目100軒以上でしょうか。

昔ときどき入ったラーメン店です
 昔ときどき入ったラーメン店です。まだ健在のようでした。久保田が22歳のころからなので、38年くらい経ちます。客のおじさんが「大盛りくれ」。店主「うちは大盛りはないよ」。客「じゃあ普通でいいよ」とやりとりして、結局客のおじさんは食べきれずに「すいませんでした」と言って帰る。というくらい、大盛りしかないラーメン店でした。

大学キャンパスは森に
 大学の中庭です。当時は木々は全くなかったのですが、今はうっそうとしています。

なつかしい掲示板
 掲示板です。今は亡き吉阪隆正先生が、学生に拉致されたときに、たしか「りんろ の りぐめ うどうど」と書きだした、なつかしい思い出があります。

通った建物
 大学の高層棟です。18階建てです。17階の研究室からは、新宿の京王プラザホテルしかみえませんでした。ちなみにこの建物で超高層用エレベーターを試して、霞が関ビルに応用したという話を聞いたことがあります。

周辺の昔を説明するタイル
 周辺の道路に、地域の歴史を伝えるタイルが埋め込まれていました。




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