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久保田洋一のブログ
いつもどおりですが、気まぐれに書いていきます。2009年10月1日からfc2で再開しました。
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放射線測定 伊吹山から竹生島まで
放射線測定 伊吹山から竹生島まで 

 2011年10月21日、22日と伊吹山、徳山ダム、余呉湖、竹生島などを巡った際に測定した結果をお知らせします。

 結論からいうと、ほぼ平常の値でした。以下、測定の高さ(cm)と数値です。
    (測定器:たんぽぽ旧型 *1000カウント/10秒=1μSv/h。)

10月21日(金)
多賀サービスエリアレストラン50cm 0.06μSV/h
伊吹山山頂石の上    5cm    0.02μSV/h
伊吹山山頂一等三角点 5cm  0.04μSV/h
関ヶ原古戦場 笹尾山 100cm 0.05μSV/h
星のふるさと藤橋道の駅50cm 0.04μSV/h 
道の駅さかうち      50cm 0.04μSV/h
国民宿舎余呉湖荘2階床 5cm 0.08μSV/h
同上      2階床  100cm 0.08μSV/h

10月22日(土)
余呉湖湖畔砂利の上  5cm  0.10μSV/h
同左           100cm  0.07μSV/h
余呉湖湖畔草の上   5cm  0.04μSV/h
同左           100cm  0.04μSV/h
琵琶湖汽船今津港待合室50cm 0.05μSV/h 
琵琶湖汽船船上      50cm 0.005μSV/h
竹生島船着場前石の上   5cm  0.10μSV/h
     
 以上、比較的高かったのは、余呉湖湖畔の砂利の上と、竹生島の船着場前が0.1μSV/hです。微妙に高い気はしますが、それほどでもありません。竹生島は花崗岩でできた島なので、比較的高くでる気はします。余呉湖湖畔もそんな地質なのかもしれません。
 琵琶湖汽船の上は、0.005μSV/h。これは今年で一番低い値かもしれません。周囲が全部水面だとそのくらいなのでしょう。

伊吹山山頂にて測定
 伊吹山山頂です。標高1377m。10回平均は0.02μSV/h。平地よりも低い値でした。

伊吹山一等三角点にて測定
 伊吹山山頂の一等三角点にて測定。10回平均は0.04μSV/hでした。地上と同じ程度でした。

余呉湖畔は比較的高い値でした
 余呉湖畔の砂利の上です。0.1μSV/hですから、微妙に高い値でした。

竹生島乗船場前琵琶湖周航の歌石碑上
 竹生島の乗船場前、琵琶湖周航の歌碑の石の上です。ここも0.1μSV/hで、微妙に高い値でした。

 測定器であるたんぽぽは、横浜の「タウ技研」が作っている、シンチレーターを使ったもの。恐らく10年に1回くらいの校正が必要ですが、耐久性は抜群だと思います。ACアダプターも使えるし、充電もできます。久保田が持っているものは20年以上の間、故障がありません。現在の新しい型は315,000円ですから覚悟はいりますが、20年使えることを考えるとおすすめです。

 検知器であるR-DANは電池交換を2回ほどしましたが、こちらも耐久性はかなりのものです。価格は95,000円。これも高いのですが、長く使うことを考えるとやはりおすすめしたいです。久保田の器械は24年になろうとしています。日常的な数値を把握しておくのに適当なものだと思います。マイクロシーベルト換算は特に低い線量で難しいですが、できないこともありません。久保田の器械は現在宮城県丸森町に貸し出し中です。

 本日10月26日は「原子力の日」。様々な集会なども行なわれていました。久保田は行けませんでした。たまたまですが、チェルノブイリ原発事故からちょうど6か月の日なのです。

 
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城北川フェスティバルが終わりました
城北川フェスティバルが終わりました。2011年10月23日(日)

 久保田が仕事で関わっている城北川フェスティバルが無事終わりました。昨2010年は10月の台風で中止。今年2011年3月は震災の影響で中止。今回は雨が心配でしたが、昨日ですっかりあがり、朝から良い天気でなによりでした。

 9時前に鯰江東小学校に集合して、準備。既に藤本さんをはじめとした「大阪の子どもたちを水辺に誘う会」(誘う会)のメンバーは城北川で準備を開始していました。

 今回は誘う会の藤本さんが、乗り降りのための台船として、2槽をつないだものを事前に組み立て、さらに、子ども達がよさこいソーランの踊りの前後に乗れるように綿密に時間調整もおこなって、円滑に乗船ができるようにしておられました。すばらしい配慮です。35分の乗船時間7回は慌ただしかったですが、子ども達の輝く笑顔はよかったです。
 模擬店も盛況でした。城東図書館長の井上さんが演じた紙芝居も、かなりの人が見聞きしていました。

 久保田が担当したEボートは、摂南大学の学生さんが5名きていただき、朝からゴムボートをふくらませて準備しました。トラックは区役所の駐車場所に置かせてもらいました。

 運行はドラゴンボートの合間をぬって計6回。合計50名ほどの乗船がありました。手慣れた学生さんが4名おり、新人を教えていました。久保田は乗船前に、城北川の解説や、モツゴの卵がこの川の流域でとれて、それを小学校で育てていることなどを伝えました。川を汚さないことが大切であることも言いましたが、伝わったかなあ。

 それで課題も2件。

課題①:低年齢の子どもを乗せる場合にどうするか。最後のEボートに、小さい子どもを抱っこして乗船した
親子がいたそうです。気が付きませんでした。最初に孫を抱っこして来た女性は断ったのです。基本的にライフジャケットを着ない人は断るべきであると思いました。反省。

課題②:自分のことです。ドラゴンボートのレースを写真に撮ろうと走りだしたところで転んでしまい、ひざを負傷。一昨日はつれあいが、余呉湖の宿で階段で転んでひざを負傷。2週間前は下の娘がバスに乗ろうと走って転んでひざを負傷。親子3人続けざまに足を負傷ということになりました。家族揃ってひざに湿布薬を貼っています。反省。

 ともかく、今回のフェスティバルが実施できたこと、そして無事(?)に終わってよかったです。摂南大の小笠原さん、阿久井さん、飯岡さん、南さん、滝口さん、そして関係者のみなさん、ありがとうございました。

Eボートを組立ます
 Eボートを組み立てます。充電式の送風機が登場していました。

台船から城北川に下ろします
 Eボートを城北川に下ろします。少し重いです。

パドルの使い方を講習します
 パドルの使い方を講習します。

ドラゴンボートです
 ドラゴンボートです。定員は16名だったかな。サポートする2人とコックス、太鼓で合計20名です。

時々競争しました。盛り上がります。
 時々競争していました。盛り上がります。

モツゴの放流もしました。
 流域でとれた卵からかえしたモツゴの放流もしました。

道行く人も興味ぶかくみていました。
 道行く人も興味ぶかげに見学。

伊吹山など巡ってきました
伊吹山など111021金-111022土

10月21日から22日、伊吹山から徳山ダム、余呉湖、竹生島などを巡ってきました。

 伊吹山は滋賀県の東、岐阜県との境にある日本百名山のひとつ。標高1377m。山頂近くまで車で行くことができます。通行料は3000円。天気も良く、山容がよく見えました。駐車場から山頂までは西の登山ルートを通り、25分。案内標識には40分とありましたが、所要時間は高齢者を基本にしているのかもしれません。山頂は広く、ヤマトタケル(日本武尊)の素朴な石像が立っていました。お店も多く、観光客がたくさん来るようです。駐車場には観光バスが5台止まっていました。名古屋中学校とありました。生徒の姿は見えなかったので、修学旅行か体験登山で、下から登山かもしれません。一等三角点の印があり、数年前までは測候所があったとのこと。石のほこらも数カ所ありました。

 伊吹山から下りて東に向かいます。関が原の古戦場を2カ所ほど立ち寄りました。なんと。当日10月21日は、関が原の合戦の、その日でした。偶然。島左近の陣地という場所には、毎日新聞主催の観光バスが来ており、解説をしていました。石田三成は人望がなかったのかなあ。徳川家康は苦労人だったから人の心をつかむのがうまかったのかなあ。などと連れ合いと勝手に想像していました。小学校が廃校となり、地域のコミュニティ施設になっていました。

 徳山ダムは関が原からおよそ1時間半。途中、道の駅藤橋などに立ち寄り、到着。
 徳山ダムは数年前に完成したもので、堰堤の高さ161m、貯水量6億6千万トン。日本最大の貯水量を誇る巨大なダムです。ロックフィルダムといって、石を積んで水をためます。2年前、近畿水の塾で、大西暢夫監督を招いて「水になった村」というドキュメントを上映しました。そのダムです。多くの集落が移転を余儀なくされました。

 一時期そこの工事事務所長をしていた左近さんの名前も、関係者の名簿に記されていました。左近さんは久保田も所属する近畿水の塾の会員なのです。ダム上部の道路は両側に石が積まれ、景観にも工夫が見られました。トイレにはツバメの巣がありました。

 現在、水力発電所の工事が進んで下り、タンクローリーが斜行エレベーターで上がっていくのが見えました。見学施設も充実していました。液晶ビジョンの解説もありました。しかし大きなダムです。余水ばけというスキー場のジャンプ台のような施設が4カ所並んでいました。その隣の岩石の一部は飛び出したように緑のある展望台になっていました。さまざまな工夫がなされているようです。

 ダムはできるだけ作らないほうが良いというのが、久保田の立場ですが、原発に比べたらずっと罪は軽いと考えています。しかし故郷を追われた人たちがたくさんいることも悲しいことです。

 道を戻り、余呉湖をめざして303号を西に向かいます。余呉湖までの道路事情はよくありません。
 アイフォンのナビでとても細い道路を進むことになり、狭い真っ暗なトンネルを通りました。こわかったです。じきに広い道路になりほっとしました。
 
 宿泊する余呉湖荘には17時半頃到着。雨が降り始めました。余呉湖荘は余呉湖の南側に立つ古い国民宿舎。アクセスは北側からしかできません。23日にはマラソンが予定されているようでした。カメムシが異常発生しているとのこと、連れ合いがお風呂に行っている時に6匹ほど捕まえて窓の外に。近江牛の夕食が美味しかったです。満足しました。夜は雨。明日が心配です。

 22日は、朝から小降りになったので、賊ヶ岳に登ることにしました。杉や桧の林をぬって約40分で頂上に着きます。カエルがたくさんいました。頂上からは余呉湖も琵琶湖も見ることができました。絵馬の無人販売があり、200円払って家内安全を祈願。ここで豊臣秀吉と柴田勝家が戦って、豊臣秀吉が天下統一の基礎を築いたそうです。加藤清正の7本槍という逸話(伝説?)が残っています。戦いに疲れた兵士の銅像がありました。

 下りは20分ほどで下りて、せっかくなので放射線測定。記録は後ほどお知らせします。そこから今津へ向かいました。

 今津港には1時間ほどで到着。乗船場から歩いて2分ほどのところに駐車場があります。1日4便で乗船時間は約25分。長浜方面に行くこともできます。15名ほどが乗船しました。

 竹生島は周囲2キロ、面積0.14平方キロという岩山。神社とお寺があり、湖北地域の観光名所です。西国33番札所の30番目でもあります。国宝建造物も多く、岩山によくあれだけの施設を作ったものだと感心。帰りは4名だけが乗船。長浜に向かう客は100人規模だったことから見て、今津はマイナーなコースであると感じました。

 疲れがでたこともあり、直接帰ることにして、1カ所道の駅に立ち寄ってソフトクリームを食べ、滋賀道路、湖西道路を経て名神高速道路に。そのあたりで猛烈な雨となりました。目の前が見えないほどの強い雨で、皆が50キロで走行。こわかったです。

 宝塚に着くころには小降りになり、ほっとしました。家が雨漏りしていないか不安でしたが、幸い風は強くなかったようで大丈夫でした。

 こうして2日間、かねてから行きたいと思っていたところへ行くことができました。
 
 健康と精神の安定に感謝です。ありがとうございました。

◆行程です
10月21日(金)
7:50自宅発
9:40~10:15多賀SA
11:10伊吹山駐車場
11:15~11:40山頂へ
11:40~12:10山頂
12:30駐車場
12:50発
13:30頃関が原古戦場跡
14:20~14:40星のふるさと藤橋
15:30~16:00徳山ダム
17:30余呉湖荘着

10月22日(土)
09:00余呉湖荘発。徒歩で賊ヶ岳へ。
09:40~10:00賊ヶ岳頂上
10:20余呉湖荘着
10:30余呉湖荘発
11:30今津港着。
12:00今津港発
12:25竹生島着。周遊。
13:40竹生島発
14:04今津港着。港正面のお蕎麦屋さんで食事。
14:40今津港発
17:00宝塚着

伊吹山です。1377mあります
 伊吹山です。日本百名山のひとつです。1377mあります。滋賀県では最も目立つ山です。

頂上近くまで車で行く事ができます
 頂上近くまで車で行くことができます。安易な方法をつかってしまいました。

伊吹山頂上です
 伊吹山山頂です。天気も良く、風もさわやかでした。

ヤマトタケルの像です
 頂上にあるヤマトタケルの像です。なにか素朴な雰囲気です。

時々記念写真をとります
 時々記念写真をとります。

 10月21日は関ヶ原の合戦の日でした
 伊吹山から下りて、徳山ダムに向かいます。途中関ヶ原の古戦場に立ち寄ると、ちょうど10月21日は関ヶ原の合戦の日でした。


徳山ダムの余水ばけです。巨大です。
 徳山ダムに到着して、見学しました。余水ばけです。現在、水力発電所の建設が進んでいました。

徳山ダム湖です。黒部ダム2億トンの3倍以上です。
 徳山湖です。貯水量6億6千万トン。黒部ダム2億トンの3倍以上です。

石をたくさん積んでいます
 ロックフィルダムです。近くの岩場から切り出した岩石を積んでいます。

堰堤は500mほどあります
 堰堤の長さは500mほどあります。景観に配慮した様子がみてとれます。


余呉湖です。21日は夕方から雨でした
 余呉湖です。琵琶湖の北側に、賊ヶ岳を介してひっそりと位置しています。

賊ヶ岳に登ります
 22日は雨も小ぶりになったので、賊ヶ岳に登りました。杉やヒノキの林を抜けて40分ほどで頂上です。

山頂付近には戦いに疲れた戦士の像が
 山頂付近には、合戦で疲れた戦士の像がありました。

余呉湖を見下ろします
 賊ヶ岳から余呉湖を見下ろします。

琵琶湖を見下ろします
 賊ヶ岳から琵琶湖を見下ろします。遠くに竹生島が見えます。

賊ヶ岳頂上で絵馬をかきました
 賊ヶ岳の頂上で絵馬を書きました。


竹生島へ向かいます
 賊ヶ岳から下りて竹生島に向かいました。今津港から乗船しました。客は15名ほどでした。

竹生島へは今津港から25分です
 竹生島は今津港から25分ほどで到着します。琵琶湖の中では一番目立つ島です。

竹生島は岩山です
 竹生島のほとんどは切り立った岩山です。

急傾斜の斜面に施設が集中しています
 急傾斜地に施設が集中しています。石段を200段くらい登りました。

なんと、汚職で失脚した元市長の名前が
 なんと、汚職で失脚した元市長の名前が・・・

竹生島の施設群です
 竹生島の施設群です。周囲2キロのごく一部に集中しています。

今津港付近の住宅です
 今津港隣の住宅群です。琵琶湖に下りる石段がそれぞれの住宅についています。


ふれあい西山まつりがありました
ふれあい西山まつりがありました。

 2011年10月15日(土)恒例のふれあい西山まつりがありました。久保田はまちづくり協議会の副会長をしているのですが、おじさんたちが協力して、毎年丸太切りを子どもたちに提供しています。

 今年は10月6日に西谷の市立自然の家へ、間伐材をもらいに行きました。ちょうど今年は間伐をして間もないとのことで、香の良いヒノキが手に入りました。感謝です。

 毎年120名限定でしていますが、今年も盛況。結局10時から12時前まで2時間、140名の子どもたちに切ってもらいました。「木は40%は水だけれど、残りの60%は空気からできている。二酸化炭素を吸って酸素を出している。木はすごい。」などという解説をつけながら、切ったばかりのヒノキのにおいをかいでもらいます。

 雨が心配でしたが、なんとか大丈夫でほっとしました。小学校の児童が10年前に比べて200人も増えて650人になっています。この少子化の時代にあって、久保田の住む地域は人口増が続いています。子どもたちが真剣に丸太に取り組む姿は頼もしいです。

 ということで元気をもらって今年もありがとう。

お母さんにも手伝ってもらって切ります
 おかあさんにも手伝ってもらって切ります。4か所で切りました。

おねえさんをみる弟も真剣です。
 お姉ちゃんが切る姿をみる弟も真剣です。

 



河川レンジャーの活動応援
寝屋川 点野小学校淀川学習会 2011年10月14日(金)

 毎年寝屋川の点野(しめの)では、点野小学校を対象として、淀川についての学習会を開催しています。河川レンジャーの活動の一環なのですが、講師陣が15~20分ずつ解説をします。

 点野小学校4年生は合計105名。まず堤防の上で、点野全般について、河川レンジャーの上田さんが解説をします。その後淀川河川事務所の山口さんが、土砂置き場にある土は、堤防が壊れたりした時に土のうをつくるために置いてあるということ、そして、点野船着き場は災害時に船で物資や人を運ぶためのもので、淀川に9カ所あることなどを解説しました。

 続いてその堤防に隣接する茨田樋遺跡水辺公園に下り、元自治会長の白川さんから、公園を市民が協力して計画し、市民工事と題して整備も行なったこと。かつて堤防に国道1号が通り、駐在所が置かれ、その記念に植えられたイチョウの木が大きく育ち、毎年11月にイチョウ祭りが行なわれていることなどを解説しました。イチョウの隣にあった倉庫は現在取り壊され、さら地になっています。福家工務店という宅建業者が購入しており、そのうち住宅が建つことになると思います。

 続いて点野のわんど付近に移動。そこで、澤井教授から、わんどができた経緯(水制という石積みを川に置くことにより、水が川底をけずり、船が通れるようになり、水制には土がたまった。など)を解説いただき、本多先生からは点野周辺で生きている魚、生き物、植物についての解説がありました。ヨシとセイタカヨシの違いは、葉っぱが折れているか真っすぐか、穂先が茶色か紫かなどです。オギは陸地の植物、ススキに似ていますが、穂先が固いのが特徴です。タナゴ類はドブガイやイシガイなどの貝類がいなければ生きていけません。そのような解説がありました。

 最後に10分ほどですが、堤防からロープを使って河川敷に下り、水辺で生き物探しをしたり、貝を拾ったり、花摘みをしたりしました。実は例年、この取り組みが一番人気があるそうです。そんなものかもしれません。むしろ先生たちに知ってもらうことに意味があるような気がします。

 こうして9時から11時までの2時間少しの授業は終了しました。雨が少なくてよかったです。毎年子どもたちは代わっていきます。継続して取り組むことはむずかしいですが、それでも関わり始めた運命があるのでしょう。できるかぎり参加していきたいと考えています。

茨田樋遺跡水辺公園で解説
 茨田樋遺跡水辺公園で、地域の解説。大イチョウは健在です。ギンナンもたくさんとれそうです。


自宅の改修をしました
自宅の改修をしました。2011年10月9日

 自宅の寝室の床が1年ほど前からへこんできました。一部は昨年自分で修理したのですが、こんどは下地ごと替えなければならない雰囲気で、気合いが必要な感じでした。

 畳をめくって、床下にもぐってみると、かなり下地のコンパネのへこみが目立っており、1枚全部替えないといけないようです。釘を抜いたり、強引にコンパネをはがして、ガレージに確保してあった9ミリのコンパネを切ってはめ込み、その上にはがしたコンパネの一部を木工ボンドで貼り付けました。

 なんとか、応急修理ができたという結果です。大工さんに頼むと15万円くらいはかかりそうなので、一応満足して、体を洗って、「神戸屋にでも行って豪勢に夕食しよう」という話になりましたが、結局、神戸屋で出来合いのものを買い込み、隣のマルダイでサラダを買って済ませました。最近は外食して帰るよりも、自宅で夫婦で、ぐだぐだ言いながらお酒を飲むのが快適です。

 しかし夜から腰が痛くなり、慣れないことをするのも考えものなのです。なかなかうまくいきません。つれあいが、同様に気合いをいれて付き合ってくれました。今日は、マッサージをしてくれて、ほんと、頭があがりません。

 こんな無駄話にお付き合いいただき、ありがとうございました。

自宅畳、下地の修理
 自宅の畳下地の修理後の様子です。奥のコンパネを4分の3はがして、別のコンパネを貼り、その上からコンパネを一部を木工ボンドで貼りつけました。これでしばらくしのぐつもり。
 


チェルノブイリ・ハート
チェルノブイリハート 111005水 09:40~ シネリーブル。梅田スカイシティ3階

 チェルノブイリハートという映画を見てきました。

 チェルノブイリ原発事故(1986年4月26日)で被害を受けた子どもたちの姿を、ドキュメントで追いかけています。2002年に製作された映画です。

 精神病棟とか、保護施設に捨てられた子どもたちが映っていました。健常な子どもも捨てる親がいるようです。放射能は高くても、引っ越しできない状況は、日本と同じです。

 病院の部屋は子どもたちが並んでおり、とても看護が行き届いているとは言えない様子でした。放射能が高い地域は厳格に居住制限をしている反面、子どもたちのケアはおざなりでした。水頭症の子どもや、身体の一部が飛び出した子どもなど、長く生きることができないだろう子どもが映っていました。なんともやりきれない映像でした。居住制限区域の保障も途中で打ち切られたようです。それでも住み続ける人たちももちろんいます。

 アメリカからの医師団が心臓病の手術をして、14歳の少女が無事成功した様子はほっとする一幕でした。「あんなに感謝されると困る。いつもやっている仕事なのに。」という医師の言葉も実感がありました。現場にいる人ならではの、様々な思いが行き来しているのでしょう。

 チェルノブイリハートとは別に、もう一つのホワイトホースという短編も上映されました。これは2006年に製作されたものです。チェルノブイリ近くのプリピャチというまちに住んでいた若い男性が、20年ぶりに自宅に戻るというドキュメントです。自宅は荒らされていましたが、懸垂をするための器具が残っており、これは盗んでいかなかったと一言。壁にホワイトホース(白い馬)の大きな写真が貼ってありました。ベランダからはチェルノブイリ原発が見えます。炎が出た際には近くまでいって見学したらしいです。「親に止められたので、親が寝てから見に行ったよ。」昔遊んでいたゴムボールを見つけて、しばらくもてあそんで、部屋の奥に投げていました。最後に「この男性は2007年病死」とのキャプションがありました。

 後始末で従事した人が13000人亡くなったとか、ヨーロッパで600万人亡くなったとか、カウント13000が1000倍とか、という数値的なことは疑問が残りました。しかし、事故前になかった病気がまちがいなく増えていることは事実でしょう。医師が健常なあかちゃんは15~20%と言っていたのは恐ろしい数字です。重い課題が残る映画でした。

 関連しますが、福島県にアドバイザーで派遣されている、山下俊一氏は、「100ミリシーベルト浴びても平気」「放射線の影響は心配している人にあらわれる」といった主旨など、安全性を強調ばかりしています。その人が朝日新聞が応援する「朝日がん大賞」という賞を先日受賞しました。
 放射線医学総合研究所というところは、放射線の測定はしてくれますが、本人には「安全です」というだけで、検査結果は教えてくれません。
 何を言いたいのかというと、権力を持っている人は、普通の人の命や健康のことを考える前に、自分たちを守りたいということです。

 しかし、久保田がその権力を持つ場にいたらどうなるか。多分同じことをしているような気がします。現在も何らかのかたちで、無意識に程度の差はあれ、権力を頼みにする自分がいるのでしょう。

 あまり悲観的になってもいけませんが。ゆれ動きつつも、何かしていかなければ。

 今日は西谷というところに丸太をもらいに行きました。こんど15日にまつりがあり、子どもたちに丸太切りをしてもらいます。毎年120人から150人くらい来るので、コミュニティのおじさんたちにも声をかけて、8人くらいで取り組みます。ついでに近くの夢プラザというところで黒豆と栗を購入。週末のおやつです。

 これから土日はイベントやワークショップが目白押しです。気合いをいれていきますわ。



放射線測定 110926など
放射線測定値(たんぽぽ) 2011年9月26日と10月6日 
(兵庫県宝塚市、木造住宅2階 測定器:たんぽぽ旧型 
*1000カウント/10秒=1μSv/h。)

◆2011年9月26日(月)24:00 はれ  平均値 58.8 最大値 73 最小値 44
◆2011年10月6日(木)14:00 はれ  平均値 57.9 最大値 66 最小値 49

 以上、0.06マイクロシーベルト/h未満です。

近くの逆瀬川で、川掃除の際に久しぶりに測定
■2011年10月6日(木)09:30 はれ 橋の上地表 平均値  58.6 最大値  67 最小値 46 
■2011年10月6日(木)09:35 はれ 橋の下地表 平均値 106.7 最大値 117 最小値 91
 
 つまり橋の下は0.11μSV/hでした。微妙です。気分がよくないです。
ワークショップ続いてます
ワークショップ続いてます。2011年10月5日(水)

 川づくりのワークショップに関わっています。企画をしたり、進行をしたり、まとめをしたりしているのですが、住民の意識も高くなっています。一方で学生さんは常に新人が参加することもあって、新しい発想というよりは発展途上の雰囲気です。しかし若い力に期待するところ大です。地域の人たちと一緒に経験を積んでいってほしいと思います。

 川の計画づくりは、行政がするものではなく、そこに住んでいる人と一緒にすることが、これからも大切なのでしょう。地域の災害の歴史や、どこが危ないかなど、体験を伝えていく意味でも、住民が中心となって計画づくりに参加することが求められているのだと思います。プロはプロで、素人にもわかるように、情報提供をすることが必要です。まずは円滑な会議から。インフォーマルな関係も大切にしていきたいです。

 そんなことで、実現できそうな川づくりがあるので楽しみです。福島の復活に役に立つことがあればよいのですが。

 今日は実は「チェルノブイリハート」という映画もみてきたので、その報告もしたかったのですが、遅くなったので次回にします。重かったです。夜は1週間ぶりに娘と孫がやってきて、勉強と原稿書きなどで盛り上がっていました。

 おやすみなさい。今日も感謝です。



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