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久保田洋一のブログ
いつもどおりですが、気まぐれに書いていきます。2009年10月1日からfc2で再開しました。
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福島原発事故のガンリスク予測 転送記事
福島原発事故のガンリスク予測 転送記事 2011年9月30日朝

 メーリングリストから福島原発事故のがんリスク予測というものが送られてきました。青山貞一さんという方が書かれています。そのまま引用します。

---------(以下、引用)-----------
◆福島原発事故のがんリスク予測。
「ICRP298人」「ECRR41万7000人」
あなた、どっちを信じますか。

 原発通信】№10

けさ(9月29日)の朝日新聞科学欄に「被曝量低くても発がんリスク」という見
出しの記事が掲載された。

記事は今月、「放射線と健康のリスク」というテーマで国際専門家会議が開催
(福島市)され、そのときに発表されたものをもとにしている。

その内容は、低線量被ばく(100ミリシーベルト以下)の健康への影響、そして
福島県住民の発がんリスク予測だ。

この「福島第一原発事故によるがんリスク予測」(ロシア保健・社会開発省医学
放射線研究所のイワノフ副所長による)は、最初の1年間の外部被曝量が5~10、
10~16、16~50、50~100、100~500ミリシーベルトに分類され、その被ばく量
に応じた該当する人口数と被ばくによって発生する固形がん件数、そして被ばく
によって高まるがんリスクのパーセントが示されている。これは表で掲載されて
いるので詳細は当記事をごらんいただきたい。

この予測リスクをみると、いろいろな疑問点があるが、それは後述するとして、
この「予測」で福島県に在住する人はいったいどれだけの人ががんになるのか、
表の「被曝によって発生する固形がん」件数をすべて足してみた。

そして算出されたのは298件である。

これは福島在住者に限定したミニマムの発がん予測件数であるとぼくはみる。

つまり福島第一原発の事故によって最低298人の福島在住者をがん患者にするわ
けである。

もちろんその責任は、東京電力および、原発を推進した政治家、経産省、原子炉
メーカー、御用学者、マスメディア、御用タレントなど原子力村の村民、もしく
は原子力マフィアと呼ばれる人たち、そしてぼくもふくめた原発の建設、稼働を
ゆるしてしまった一般の大人たち(たとえ原発に反対であっても)にある。

この数値だけで、もう明確な大量傷害(致死)事件ではないだろうか。原発とい
うたかが電気をつくるプラントを動かしただけで、最低これほどの余命が奪われ
るのである。

では、この予測の「疑問」について挙げてみたい。それは次のポイントだ。

1. 5ミリ以下の被ばく線量が対象になっていないこと。

2.「固形がん」しか対象になっていないこと。

3.「予測」はICRP(国際放射線防護委員会)の予測モデルを使っていること。

4.「予測」は内部被ばくが対象とされていないこと。

まず1だが、この「予測」対象になった5ミリシーベルト以上の人口数をトータル
すると361400人になる。

福島県の人口は約200万(原発事故と震災の影響で3月11日から約3万弱人減少)
なので、残りの約164万人(82%)は対象になっていないことになる。

この164万人の多くが5ミリ以下の被ばく者というか1ミリ以上と推測されるだろう。

そして1ミリ以上の被ばくであってもがんリスクはゼロではない。

これはICRPの見解(被ばくは最終的に1ミリシーベルト以下をめざすとして
いる)であるし、日本の法律では線量限度を1年間1ミリシーベルト(原子力基本
法第20条)としていることからみても「予測」は重大な疑問がある。

次に2だが、「固形がん」とは白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの血液
のがんをのぞいたもの。小児に多いという放射線による白血病が予測から排除さ
れていることは大いに疑問がある。

さらに3だが、これはよく指摘されることだが、ICRPは原子力推進を前提と
した機関で、がんなど健康障害への放射線リスクを過小評価している、というこ
とだ。

そして4。この「予測」では外部被ばくとことわっているが、放射線障害のリス
クは当然内部被ばくによるものの影響が大きいことを忘れてはならないだろう。

以上4点を挙げてみたが、まだこの「予測」から、疑問点が見つけ出せるかもし
れない。もし、疑問点があれば、専門家などくわしい知識をお持ちの方はご指摘
いただきたい。

では、ICRP以外の専門家機関は福島原発事故の健康被害についてどんな予測
をしているだろうか。


欧州議会に設けられた「欧州放射線リスク委員会(ECRR)」は、「2061年ま
でに福島原発の半径200キロ圏内で41万7000件のがんが発症する」という予測を
出している。

2061年というとこれから50年間での発がん件数である。

なお、発がんしたときの平均余命損失は平均13~20年ほどとしている。つまり41
万7000人の余命が平均これだけ奪われる、ということになる。

そして、当然、年齢が低いほど余命損失は長くなる。小児なら50年を越えるだろう。

これほどおびただしい数の健康障害と生命損失のリスクを背負って、日本という
国はこれから歩んでいかなくてはならない。果たして、この国は今後、立ちゆく
のだろうか。しかも、この国の政権は、まだこの期に及んでも原発を維持し、海
外への輸出を目論んでいるのだ。

さてさて、「ICRPの298人」と「ECRRの41万7000人」との対比をどう見
るべきだろうか。

もちろん、予測エリアの福島県と半径200キロ圏内のちがいや、そのほかにも対
比するには不適当な条件もあるだろう。

ただ、確実にいえることは、放射線の国際機関としては、日本国政府や御用学者
が準じるICRPだけではなく、ECRRのような専門機関も存在するというこ
とである。

人の健康と生命の安全を最優先するなら、どちらの予測を信じるのか、そのこた
えははっきりしているはずだ。

もし、仮に「ECRRの41万7000人」を信じ、この予測より圧倒的に低い人数で
あれば、それはそれで取り越し苦労だったとすればいいだけのことである。

だけど、「ICRPの298人」より圧倒的に多かった場合、これから除染や汚染
食物摂取制限、健康管理、避難などの対策が徹底されない恐れがあり、防げたは
ずの被害を増加させることにつながりかねない。そうなれば、悔やんでも悔やみ
きれないことになるだろう。

ぼくはECRRの予測数値を前提に、今後の放射線被害対策を実施していくこと
を願うばかりだ。まったく責任のないおさない子供の健康と生命がかかっている
のだから、取り越し苦労してもいいんじゃないかと考えるのだ。

なお、この文は朝日新聞2011年9月29日朝刊の科学欄と同紙同年6月19日(朝日新
聞グローブ「放射線リスクを読み解く」)を参考資料(一部引用)にしている。

じつはこれらの記事には署名があるのだが、これを書いた記者(大岩ゆりさんと
梶原みずほさん)には心から言いたいことがある。それは後日ということで、きょ
うはここまで。

---------(以上、引用)-----------

 長くなりました。
ICRP(国際放射線防護委員会)による予測    298人
ECRR(欧州放射線リスク委員会)による予測 41万7000人
の間に真実はあるのでしょう。

 久保田としては、青山さんの考えに同感です。
ながながと引用してすいませんでした。仕事にでかけます。では。


 
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総理大臣の国連演説に思ったこと 9月25日夜
総理大臣の国連演説に思ったこと 9月25日夜

 野田総理大臣が9月22日、国連(?)で演説してきました。

 マスコミが書いたタイトルは
「原子力安全に関するハイレベル会合」ですが、英文は
"high-level U.N. meeting on nuclear safety and security"

 訳すと、「核の安全と防護に関するハイレベル会合」というのが正確に近いものです。セキュリティの部分は核兵器に関するもののはずですが、ニュースでは流されないようです。

 かつて、マスコミはこれに近いことをしています。
「三派全学連」ということばがありました。
 ある日呼び名が変わります。
 それは「過激派」。

 1986年、チェルノブイリ原発の事故の跡、原発に反対する市民に対する国や電力会社の呼び名も、「過激派」に近いものになりました。普通の人がデモに行くこともためらわれるような雰囲気ができてきました。
 これも久保田の思い込みですが。ちなみに、北朝鮮の「核開発」と、日本の「原子力の安全利用」という、日本語訳のもとは、同じ英文というのが久保田の判断です。

 野田総理大臣の発言「日本は原子力発電の安全性を世界最高水準に高めます。」
 まるで、原子力村の一員と思われるような発言です。福島の事故の反省が感じられないばかりか、冷温停止を今年中にというニュースに合わせるように、タイミングをみていたのでしょう。
 この演説を聞いていた人の失笑の声が聞こえてくるようです。

 そして、先日このニュースを流したNHKは、原発推進派であるフランスのサルコジ大統領と、韓国のイミョンバク大統領のコメントしか放送しませんでした。情報統制がここまで生き届いているとは。。

 世界最高の水準であったはずの日本の原発をなぜいまさら高めるのでしょうか。単純に自然災害には勝てなかったのです。

 「事故のすべてを迅速かつ正確に国際社会に開示する」
 このコメントも、どう考えてもウソです。SPEEDYの情報も隠して、多くの人を被曝させ、黒塗りの報告書しか出てこない状況で、信用できるはずはありません。 

 「福島が『人々の強い意思と勇気によって人類の未来を切り開いた場所』として思い起こされる日が訪れると確信する。」

 どう考えても、戻る事のできない場所が広範囲に広がっています。ウラルの核惨事、スリーマイル、チェルノブイリ、福島とつながる「核平和利用」の犠牲を多くの人々に強いながら、原発輸出まで進めようというのは、信じられないことです。

 現在も増え続ける核のゴミ。誰も責任を取らない核のゴミ。低レベル廃棄物の管理は300年。今推進している人たちは誰ひとり生きていないばかりか、どこに廃棄物があるかさえ分からなくなっているでしょう。加害者が被害者に「未来を切り開け」と呼びかけてもむなしさだけが残ります。

 今日はイライラして無駄口でおしまい。すいませんでした。



  
岡山と鳥取、但馬を測定しました。2011年9月
岡山と鳥取、但馬を測定しました。

 9月16日から18日まで、旅行を兼ねて放射線測定をしてきました。

 16日は岡山北部、鳥取県との県境にある毛無山(けなしがせん:1218m)に登りました。90分ほど登り続けて山の上に到着したころから雨がひどくなり、すぐに下山。大山がすぐ北側に見えるはずでしたが、残念でした。登山口に休憩できる場所があり、着替えが快適にできました。
 その後真庭市に行き、湯原温泉をめざします。途中農産物販売所にウランレンガを売っているとの情報があったので、道の駅に立ち寄ったのですが、ありませんでした。ほっとしたり、少しがっかりしたり。

測定結果①
毛無山駐車場0.05μSV/h
湯原温泉室内0.06μSV/h
湯の原温泉河原の駐車場O.05μSV/h
以上、宝塚が0.05から0.06μSV/hですから変わりありません。

 17日は朝から雨。まず鏡野町の中津河(なかつごう)というところにある、ウラン残土堆積場へ。道路から見えるところに、高さ2mほどのコンクリートの壁があり、残土が積まれています。低い放射線にほっとしました。ものを掘り出すことは、膨大な廃棄物を残すことになります。堆積場は周辺に12カ所だそうです。

 その後、人形峠の展示館へ。雨のせいか来訪する人もごく少なく、当日午前の来訪者は、私たち含めて合計8人でした。4人連れの家族がきていました。
展示は
放射能は日常的にあるという話
エネルギーの話
原子力発電の話
核燃料サイクルの話
プルサーマルの話
ウランの話
人形峠の話

などなど、各地の原子力の展示館同様に、映像も展示もお金をかけています。原子力のよいところをとにかく強調するといういつものパターンです。ここにはさまざまなウラン鉱石を展示していました。その上で測ると、けっこう高い値が出ました。

 ウラン鉱石をガラス越しに見て、そこに遮蔽板を差し込んでその効果を見る場所が1.57μSV/hで一番高い値でした。通常の30倍というところです。まじめそうな受付嬢をみると、宮城県女川原子力センターで行方不明になった受付嬢のことを思い出します。やりきれない思いも残りました。しかし例えば福島市の渡利地区ではこの値が日常です。

 その後、三朝温泉へ。ここは日本有数のラドン温泉で知られています。昨年2010年11月に、三朝キュリー公園というものがオープンしています。そこのレンガがウラン残土で作られています。その数2万個。測定すると、宝塚の約3倍でした。公共施設に通常の3倍の放射線があるわけです。レントゲン撮影の放射線よりははるかに低い値なのですが、納得できませんでした。作られたウランレンガは合計145万個だそうです。

 ラドンとか、ラジウムは、放射性物質。三朝温泉ではそれをホルミシス効果(低い放射線は体によいという理論)として、健康に良いと売り出しています。しかしこれも抵抗ありです。ホルミシス効果というものは、久保田の認識では、ほとんど「ウソ」ですが、それが「るるぶ」にもしっかり好意的に掲載されていました。ヨーロッパでは、ラドンガスの濃度を低くする工夫が大切であるという意識が浸透しているようです。しかしここ三朝温泉はプラス思考です。暗い気分になりました。

 今回問題があると感じたのは、三朝キュリー公園のレンガ、展示館のウラン展示、中津河残土堆積場です。残土堆積場については、既にこの数十年にわたる問題があり、放射線の高い残土をアメリカの先住民の居住地の近くに捨てたことなどが知られています。

 人形峠周辺の残土の多くは、いわゆる普通の場所に捨てられており、その解決策の一環としてレンガ加工が進められたらしいのです。ウランレンガの放射能が平常の3倍という値は、福島の現実と比較してもかなり低いのですが、わずかでも放射能は放射能。やっぱり納得はできません。

中津河堆積場は前0.08μSV/h。微妙に高いですが、平常値に近いと思います。
人形峠展示館。これは高い値がありました。
ウラン鉱石上(人形石)0.48μSV/h
ウラン鉱石上(アンダーソン石)0.29μSV/h
ウラン鉱石上(モナズ石)0.47μSV/h
地下1階図書館テーブル上0.11μSV/h
ウラン遮蔽を調べるコーナー1.57μSV/h(これが今回の最高値)
同上1m離れて0.16μSV/h
展示館前駐車場0.05μSV/h

三朝楽市楽座店舗内0.05μSV/h
三朝キュリー公園夫妻銅像台座上0.15μSV/h
同上レンガ敷石0.18μSV/h
同上高さ1m0.12μSV/h
同上土の面5センチ0.09μSV/h
同上高さ1m0.08μSV/h
キュリー広場植え込み上0.07μSV/h
同上高さ1m0.08μSV/h
(つまり、ウランレンガの上は3倍程度です。)

 18日は、鳥取砂丘へ。久保田は初めて訪問です。鳥取県砂丘は、川によって流れてきた砂が日本海の荒波によって打ち上げられ、風によって内陸に吹き上げられたものだそうです。雄大な風景に心動かされる思いでした。

 実は久保田は「かんな流し」のことを思い出しました。かつて、鳥取県や島根県では製鉄が盛んに行なわれていました。かんな流しとは、鉄の原料となる砂鉄を取るために、山を削って水路に流し、土に含まれる重い砂鉄を取り出すものです。風化花崗岩などによる大量の土砂が下流に流され、わずかに含まれる砂鉄を取り出して、これまた大量の木を燃やして、たたらを踏み、製鉄をしていたのです。砂鉄以外の土砂は下流へ流されたのですが、その量は膨大だったようです。その影響で島根県や鳥取県の山の形状は変わり、中の海ができたとも言われています。下流部の農地では土砂による被害も広範囲に広がっていたようです。今で言えば、「公害」、「環境破壊」そのものです。鳥取砂丘がいつごろできたかは分かりませんが、かんな流しが大きな要因だったのではないでしょうか。

 鳥取砂丘はかつての壮大な環境破壊の名残であり、製鉄の歴史を思い起こさせる土木産業遺産かもしれません。久保田の思い込みでした。ちなみに砂丘の放射線は平常の半分程度。

 砂丘を見た後は、展望台と風力発電施設を見て、砂浜で時間をつぶして、生野の銀山へ。生野の銀山跡はこれも産業遺産です。長い坑道が残されています。放射線は一部高いところもあり、ばらつきがありました。でも概して通常の2倍から3倍という値でした。あまり気にする値ではありませんが、微妙です。

測定結果③
鳥取砂丘入り口付近砂の上0.04μSV/h
展望台砂丘中0.03μSV/h
ジオパークセンター1階高さ40センチ0.05μSV/h
生野銀山坑道①0.08μSV/h
同上  坑道②0.15μSV/h(坑道入り口から10m)
同上  坑道③熟成庫前0.11μSV/h
同上  坑道④ワイン熟成倉庫前0.05μSV/h
同上  坑道⑤削岩機のいろいろ前0.14μSV/h
同上  坑道⑥太閤水前 0.09μSV/h
同上  坑道⑦エレベーター前0.15μSV/h
同上  外部露出した鉱石帯付近0.13μSV/h
同上  外部0.07μSV/h
同上  外部0.10μSV/h

 今回は、ウラン、砂、銀にちなむ測定旅行でした。世の中には放射線が満ちています。しかし無用な被爆は避けたいものです。おとなしくこのブログを書いているだけではまずいのでしょう。長々と書いてしまいました。つれあいにも迷惑をかけました。感謝しつつごめんなさい。誕生日おめでとう。

毛無山登山口
 毛無山(けなしがせん)駐車場付近です。

毛無山登山道
 登山道です。大木がたくさんありました。

毛無山頂上
 毛無山頂上です。北に大山が見えるはずでした。

湯原温泉
 湯原温泉です。ダム湖の下流にあたります。砂湯という露天風呂におじさんたちが入っていました。

中津河堆積場
 中津河(なかつごう)のウラン残土堆積場です。すぐ隣の放射線は0.08μSV/hで低かったです。

人形峠展示館
 人形峠展示館です。雨のせいか来訪者も少なかったです。

ウラン鉱石の上で測定
 ウラン鉱石の上はけっこう高い値でした。この人形石の上が0.48μSV/hですから平常値を0.05μSV/hとすると約10倍です。

ウラン鉱石を遮蔽するコーナー
 ウラン鉱石を鉄板などで遮断して効果をみるコーナーです。ここは1.57μSV/hで一番高かったです(10回の平均を出しています)。

地下1階図書コーナー
 地下1階の図書コーナー。ここで0.11μSV/hですから、通常の約2倍でしょうか。

5重の安全性があるという説明
 原発は5重の安全性が確保されているという宣伝。しかしこれは福島の事故で破たんしています。むなしいです。

三朝キュリー公園全景
 三朝キュリー公園全景。ウランレンガを受け入れて公園の敷石に使っている市町村は、この三朝町だけのようです。

三朝キュリー公園キュリー夫妻銅像
 三朝キュリー公園 キュリー夫妻銅像の台座で測定。ここは0.15μSV/h。下は0.18μSV/hでした。

鳥取砂丘入口付近
 鳥取砂丘入口

鳥取砂丘馬の背
 鳥取砂丘馬の背

鳥取砂丘ボランティア募集
 鳥取砂丘でボランティア募集

生野銀山入口
 生野銀山入口です。

生野銀山坑道
 坑道を数10mほど入ったところで、0.15μSV/hでした。この中はばらつきがあり、場所により、0.05μSV/hから0.15μSV/hまで3倍程度の違いがありました。

生野銀山坑道
 坑道内、エレベーター前です。ここも0.15μSV/hで高かったです。坑道内は0.05μSV/hまでばらつきがありました。外部に出ている鉱石付近では0.07から0.13μSV/h。銀山などの鉱脈は放射線が高いことが多い気がしました。




仕事もしています
仕事もしています。2011年9月12日(月)

 ぼちぼちですが、少しさぼり気味に仕事をしています。最近は川に関係する仕事が多いのですが、アドバイザーの話もあって、まばらに出かけています。

 今日は北河内へ。河川公園をつくる話と、水辺の整備を住民と一緒に考える話と、2件の打ち合わせにいってきました。

 1件目は、新しいコンサルタントの担当する仕事について、住民参加をいかに進めるか、アドバイスをしていました。コミュニティでもそうなのですが、
・自治会に参加してもらう際には、分かりやすく、丁寧な解説が必要であること。
・話を持っていく順序も大切であること。
・自治会が参加しないということになっても、会長さんへの声かけは必要であること。
・資料は大きな文字で、横文字は避けること。
などなど、基本的なことをお伝えしました。

 2件目は久保田が直接関わっているものですが、具体的な進め方を行政担当の方が決めかねているようで、進め方のたたき台を提出して、先方の検討を待って、再度打合せということになりました。これまでに住民がかなり活動や議論を積み重ねてきているので、恐らく順調に進むと思っています。
 
 しかし、水辺の整備は住民だけでは進みません。行政の力を発揮してもらうことが最大のポイントです。それと活動を支援してくれる企業や、大学、そして小学校などの参加も大きな力になります。

 久保田はワークショップの企画、進行、とりまとめ、提言作成などをしているのですが、基本は、リラックスできる会議を応援するという感じでしょうか。

 しかし毎回、課題も異なり、参加者も異なり、悩みは尽きません。でもそんな緊張状態もきらいではありません。もうしばらくこんな仕事が続けばうれしいと考えています。


放射線測定値(たんぽぽ) 2011年9月9日から11日
放射線測定値(たんぽぽ) 2011年9月9日から11日
 (兵庫県宝塚市、木造住宅2階 測定器:たんぽぽ旧型 
*1000カウント/10秒=1μSv/h。)

◆2011年9月11日(日)21:30 はれ  平均値 49.3 最大値 60 最小値 35
◆2011年9月10日(土)22:30 はれ  平均値 49.8 最大値 70 最小値 40
◆2011年9月09日(金)23:30 くもり 平均値 55.3 最大値 61 最小値 48

 以上、0.06マイクロシーベルト/h未満です。
そろそろ、11日と26日にするかもしれません。無理は禁物。

 本日11日、神戸に行ってきました。「さよなら原発 9.11神戸アクション」というものに参加。河野太郎さんがアピールされてました。テントの中でも実際的な話をされてました。
・自民党も原発政策について点検が必要という流れがでてきた。
・アンケートは50件くらいくるので、とても答えられない。
・国会議員の事務所へ直接行って、話をする方が効果的。
・自民党には、原発推進の50年について、責任を追及すべき。
などなど。

 福島から福岡に避難されているunoさんという女性のハイロアクションの話(まとまって移住できる環境が必要)、福井のmatsusitaさんの森と暮らすどんぐり倶楽部の話(原発反対をたった一人でやりつづけている。疑問をもっている人は多いが声を上げる人は皆無)などもありました。

 R-DANのonoさんがなんとシンガーソングライターとして、歌をうたってました。すばらしい。若い人も多くて、世代交代も感じられました。しかし暑かったわ。

 帰りにジュンク堂へ行き、佐高信さんの「原発文化人50人斬り」、小出裕章さんの「小出裕章が答える原発と放射能」を購入。電車の中で読んで、かなり納得。原子力帝国まだ健在という絶望的な気分になって帰宅。 

 そんなことで、明るくなったり、暗くなったりしてます。




放射線測定つづき (新)2011年9月2日から9月8日
放射線測定つづき (新)2011年9月2日から9月8日

 正確な値は6月23日以前の2倍であったことがわかり、以来、久保田自宅の結果はこれまでの2倍が正確な値です。シンチレーターの校正作業の結果です。

(兵庫県宝塚市、木造住宅2階 測定器:たんぽぽ旧型 
*1000カウント/10秒=1μSv/h。10回測定して平均値を出します。)


◆2011年9月08日(木)23:00 はれ  平均値 58.4 最大値 67 最小値 47
◆2011年9月06日(火)23:30 くもり 平均値 56.9 最大値 60 最小値 52
◆2011年9月04日(日)23:30 あめ  平均値 57.1 最大値 67 最小値 43
◆2011年9月03日(土)23:00 あめ  平均値 63.0 最大値 71 最小値 52
◆2011年9月02日(金)23:30 あめ  平均値 52.3 最大値 66 最小値 42

 以上、9月3日を除いて0.06マイクロシーベルト/h未満です。
9月3日が微妙に高いですが、平常の範囲内だと思います。


福島宮城測定 その3 2011年7月23日(土)
福島宮城測定 その3 2011年7月23日(土)

 7月23日も早起き。

 昨日内陸方面を測定してまわったため、海岸線方面に行けなかった田代さんと三輪さんと一緒に、里の家のご主人に案内していただき、坂元駅周辺を巡りました。

 坂元駅は久保田は22日も行きましたが、周辺状況を再確認。峠を越えるあたりが放射線が高いことも再確認できました。小斎峠というところで0.2から0.3μSV/h。しかしその東、国道6号と県道44号の交差点など平地に出ると、0.1から0.09μSV/hなど、低くなりました。放射能の雲は山に当たって、そこに定着したという感じです。

 中浜小学校は、海のすぐそばにありました。周辺の住宅は全く残っていません。体育館は床がめくりあがり、天上まで水が来たことがわかります。中浜小学校児童会の歌というものが壁に残っていました。時計は3時50分を指して止まっていました。児童が行き来したであろう玄関には何もなく、校庭には車がうずたかく積まれていました。校舎の南東付近で地表を測定すると0.44μSV/h、低いとはいえ、平常の10倍程度にはなりました。
 体育館に立っているだけで、悲しみが襲ってくる気がしました。子どもの声が聞こえない学校はつらいです。

 里の家に戻り、まとめの会をしました。久保田は里の家周囲を測定。軒下で雨が多く落ちる場所が高いのは同様でした。家の前草地表面は0.50μSV/h、高さ1mで0.29μSV/h、通常の10倍前後の数値に、「たいしたことない」と感じてしまう自分がいます。ただし軒下は地表1.83μSV/h、高さ1mで0.36μSV/hなど、10倍から40倍になりました。でもほんとに狭い数センチのところに集中する感じですから、そこを離れればかなり被爆は防げます。福島の久保田恩師宅もそうでした。畑の土はどうしたらいいのだろう。

 皆で測定結果を参考に情報交換をして、尾藤さんのたんぽぽと久保田のR-DANを預けて、分散して帰路につきました。東京組は飯館経由。久保田、田嶋さんは田代さんを藤田駅まで送って高速へ。

 東北本線藤田駅周辺の空間線量が意外に高かったです。下の歩道で地表1.26μSV/h、高さ1mで0.74μSV/h。平常0.04μSV/hの30倍から20倍近くです。ホーム同レベルの外の草の面で地表1.73μSV/h、高さ1mで0.85μSV/h。相対的に言えば薄く広い汚染の広がりは「とめどない」ようです。他人事ではありません。待合室では地表0.24μSV/h、高さ1mで0.30μSV/h、ここも高い場所の方が数値が高かったです。駅舎の周囲や屋根の影響であると思われます。

 その後高速道路に乗って福島空港へ。国見インター付近車中で0.52μSV/h、福島飯坂インター付近で0.69μSV/h、福島松川インター付近トンネル内で0.12μSV/h、トンネルを出ると0.49μSV/hなど。トンネル内は低い値でした。空港近くにはガソリンスタンドが無く、けっこう探しました。

 大阪空港で、靴を測定。0.05μSV/hでした。放射性物質は、靴や服にはほとんど残っていないようでした。

◆少し感想など

 宝塚に帰り着いて1週間後の7月末には、牛肉の汚染はほぼ全国に広がり、福島県産以外にも宮城県、栃木県と出荷停止が起きています。

 田嶋さんが霊山で拾った小石はけっこう放射線が高く、里の家で測ると0.53μSV/hと周辺の2.5倍になりました。こんなちっぽけな小石が福島県内に、天文学的な数量でころがっているのです。ぜんぶ東京電力に引き受けてほしい気分です。
 
 宮城県南部でも、平常よりは高い値がでています。福島の浜通り地方から中通り地方にかけての汚染に比べると、かなり低いのですが、それでも場所により、20倍、30倍という数値もでています。もちろん、2倍程度の場所もあります。トンネルの中や家の中ではかなり減退するようです。

 いくつか思いつく対策を列挙しておきます。しかし難しいことです。まだ子どもたちの疎開が必要な気がしています。心を痛めつつ、ほそぼそとできることをするしかないかなあ。

●外へでる時はマスクをすること、帰ったら泥をぬぐい、それから玄関に入ること
●窓際に長くいないこと、窓際の外の除染をすること
●屋根にも高い汚染が感じられるので、雨樋などの除染をすること
●土は入れ替えて、その下の汚染の少ない土をかぶせること
●外は低い場所にたまるので、軒下などで遊ばないこと
●芝生や草地はたまりやすいので、草を取り去ること
●グラウンドなどは高さ5センチのほうが高さ1mより放射線が高いので、ほこりを吸い込まないように配慮すること
などなど。しかし、対処療法です。

 もっと様々な方法はあるのでしょうが、限界があります。しかし行政に任せてはいられません。

 これまでの放射線の被害については、行政はそこそこしか対応しないこと、自分の責任を認めないこと、したがって責任を取らないことなどの経緯があります。また、責任の取り方も驚くような例があります。

 岡山県と鳥取県の境にある人形峠の例で言えば、低レベル残土をレンガとして145万個も作り、一般に売り出しているくらいですから、恐ろしいものです。鳥取県の三朝町では、昨2010年11月12日、ウラン残土を使ったレンガを2万個使って、公園ができています。その名も「三朝キュリー公園」。命名した小学生に感謝状が贈られています。残土はまだたくさん地域に残されています。放射線の高い残土の一部はアメリカへ送られ、ナバホ族の聖地の近くに埋められたそうです。放射能のゴミだけ輸出するというのもあんまりな話ですが。

 話は変わりますが、そういえば、ウクライナの年間予算の5分の1がチェルノブイリ対応というドキュメントが先日放送されていましたが、本当でしょうか。

 基本的には「放射性物質の撤去」がなんとしても必要です。しかしそれは気が遠くなる時間がかかることも事実でしょう。悪魔のくじを引かせる権利は誰にもないはずなのに、その責任を取らない人が多すぎます。

 原発を止められなかった責任は久保田にもあると思います。少なくとも原子力産業による豊かな収入がないことが救いという気もしています(あるかもしれない。。)。でも後ろめたさは消えません。

 いろいろ悩みを列挙したところで、整理もできずおしまい。

山元町中浜小学校です。
 山元町の中浜小学校です。海岸の近くにあります。津波を直接受けたのです。

中浜小学校体育館です。床がめくりあがっていました。
 体育館です。床がめくりあがっていました。

中浜小学校児童会の歌です。
 児童会の歌です。じっとみていると、涙がでてきました。

時計は3時50分で止まっていました。
 残されていた時計です。3時50分を示していました。津波の時間でしょうか。

中浜小学校の定礎です。平成元年3月とあります
 中浜小学校の定礎です。平成元年3月とあります。比較的若い校舎だったのです。

校舎南の地表で測定。0.4μSV/hでした。
 校舎南東部の地表で測定。0.4μSV/hでした。海岸線はおおむね低い値が多かったです。

学校の校庭は車の置き場になっていました。
 校庭は車の置き場になっていました。

子どもたちの登下校口です。
 子どもたちの登下校口です。もちろん誰もいませんでした。

中浜小学校近くの墓地です
 小学校近くの墓地です。このような墓地はあちこちで見かけました。

海岸から離れたところで進む作付
 海岸線から数百m離れたあたりで畑の作付が進んでいました。がれきの山も至る所にありました。


里の家の前です。霊山子どもの村で拾ってきた石を測定。
 里の家に戻り、霊山子どもの村で拾ってきた石を測定してみました。

霊山子どもの村で拾った石は汚染されていました。
 石を離すと0.21μSV/h、器械の上に乗せると0.52μSV/h。間違いなく汚染されていることがわかります。

測定機器などを並べて記念写真。めずらしいです。
 測定器、検知器を並べて撮影。左からラデックス、R-DAN3台、ニューたんぽぽ、たんぽぽ2台です。

福島に戻る途中。伊達市国見町でみかけた住宅
 福島へ帰る途中、伊達市国見町市街地でみかけた住宅。危ない住宅も時々みかけました。

東北本線藤田駅
 東北本線藤田駅。伊達市国見町です。

藤田駅前の道路は地表1.00~1.26、高さ高さ1mで0.74
 藤田駅前の道路は地表1.00~1.26、高さ1mで0.74μSV/h。微妙に高い数値でした。

藤田駅待合隣接植込地表1.73、高さ1mで0.85
 藤田駅待合に隣接した植込は地表1.73、高さ1mで0.85μSV/h。これもけっこう高い数値でした。

測定した植込です。草地は放射性物質を定着させます
 測定した植込です。

大阪に帰りついて、空港で靴を測定。何もでず
 大阪空港で自分の靴を測定。0.05μSV/h。平常値に戻っていました。




河川レンジャー審査がありました
河川レンジャー審査がありました。

 9月4日(日)は、河川レンジャーの審査をする日でした。朝早くから枚方まででかけ、20名の候補者のプレゼンを聞いて、5つの項目に点数をつけました。

 もともと河川に関連する住民活動をしている候補者もいますし、淀川に関する講座をうけたことで、意識が高まって挑戦する候補者もいます。くたびれますが、うれしいことです。

 多くの人にレンジャーの河川に関する取り組みに参加するなど、活動を実感していただき、それを伝えていただくことで、河川や水辺に対する住民の意識を高めることができると思いますので、今後に期待しています。

 今回、残念ながら点数が及ばなかった方もおられます。でも、これを契機として、様々な水辺の活動に目を向けていただきたいと願っています。

 今回の台風12号の影響で淀川の水位はかなり上がっていました。自然の力はこわいです。対抗することはむずかしいことを実感しました。

明治20年ころの3川合流付近
 明治20年ころの3川合流付近です。巨椋池がまだ残っています。

平成20年ころの3川合流付近
 平成20年ころの3川合流付近です。巨椋池は干拓されて消滅していますが、わずかに淀競馬場に水面が残ります。
 
2011年9月4日の淀川枚方付近
 9月4日、台風12号がほぼ取り過ぎたあとです。かなり水位が高かったです。しかし高水敷には1m以上ありました。
福島宮城測定 その2 2011年7月22日(金)
福島宮城測定 その2 2011年7月22日(金)

 7月22日は早起き。年寄りのKさんが早起きで大きな声で独り言をいうので、起きてしまいました。M先生もシャワーの音で目覚めたとのこと。ぷんぷん。

 9時出発。久保田グループは山根、佐久間、田嶋と一緒に合わせて4名。まず舘手山(たてやま)へ行き、田代グループと一緒に計測。あとは別れてまず海岸方面新地町へ向かいました。峠を越えるあたりは車内でも0.3μSV/h程度にあがりました。新地町役場前車内は0.13μSV/h、そこを過ぎて、常磐線新地町駅のあたりは、市街地も、駅も、線路も、影も形もありませんでした。釣師浜には水がたまり、海岸線には行けませんでした。砂の上で測定すると地表で0.20μSV/h、高さ1mで0.15μSV/hでした。

 続いて山元町内の常磐線坂元駅へ。ホームはありましたが、あとはトイレとその影の一本の木、そしてH型鋼でつくられた看板だけが残っていました。津波のあとは駅舎の階段も残っていたようですが、それも危険なためか片付けられていました。残ったホームの上は地表0.26μSV/h、高さ1mで0.18μSV/hですから7倍から4.5倍という感じです。海岸線沿いは、全体的に低い印象をもちました。

 次は山下駅。この駅舎はしっかり残っていました。駅前の店は、1階部分が天井から数センチまで水に浸かったとのこと、でも営業していました。全部流されて、家具などはみんな貰い物とのこと。カップラーメンがごちそうであることを実感。土木作業をする人たちのオアシスになっているようでした。
 ここで、久保田はたんぽぽを充電させていただきました。お礼もしないで申し訳なかったです。そんなんばっかりです。ホーム地表は0.12μSV/h、高さ1mで0.13μSV/h。高さ1mの方が高いのは、駅舎の建物が隣接していることによるかもしれません。

 山下駅のひとつ北、浜吉田駅も駅舎は残っていました。ここはホームにある、水生植物用の雨水タンクの底付近の放射線が高く、考えさせられました。雨に罪はないのに、放射性物質は雨によって落ちてきたのです。タンクの上、中、下で測定すると、それぞれ0.23、0.44、0.71という数値でした。5倍、10倍、15倍という感じです。ホームは地表0.22μSV/h、高さ1mで0.18μSV/h。4倍前後でした。

 その後鳥の海海浜公園(砂浜地表で0.17μSV/h)を経由して、阿武隈川の河口付近の土手でも計測。西に向かい、槻木(つきのき)大橋東の駐車場とその下のコンクリート土手の下で測定。枯れ草の地表で1.15μSV/h、しかし隣のアスファルト地表は0.15μSV/hで7分の1に低下。低い場所の土や草の部分が高かったです。数センチ四方の場所が高い場合、1mの高さだと、かなり減退します。芝生が広がっていると1mの高さでは6~7割程度になりますが、放射性物質の発するガンマー線は正直に出ているのだと感じます。ホットスポットが、とても小さな範囲に集中してあることも感じられます。

 柴田町の船岡城跡公園駐車場で計測したところで再び電池切れ。アスファルト地表は0.17μSV/h。高さ1mで0.13μSV/h。これなら宝塚の2~3倍程度です。同行していた山根さんのたんぽぽで測定します。桜の名所で知られる河川敷でも測定。草の上地表0.29μSV/h、高さ1mで0.19μSV/h(66%)でした。低いなりにも高い数値に、ホットスポットが高い基本数値の上にあることも感じます。もはやこれまでの、0.04μSV/hといった、いわゆる平常の数値はほとんど存在しません。薄く広い基本放射能の上にホットスポットがある感じです。原発による基本出力の上に火力水力で調整する、電力供給のグラフを思い出しました。

 その後国道4号を阿武隈川沿いをさかのぼるように南下。車内では0.11μSV/hや0.10μSV/hなど比較的低い数値でしたが、パーキングエリアでは地表で0.62μSV/h。高さ1mで0.30μSV/h。地面に寝転ぶことは避けなければならないと感じました。

 その後、白石市越河(こすごう)から峠を越えて、丸森に戻ります。平地部分から山に入るあたりから、徐々に車内の数値が上がります。0.50μ程度になりました。峠のすぐ手前で測定。草地は高く、地表1.26μSV/h、高さ1mで0.75μSV/h。その近くのアスファルト面は0.63と相対的に低くなります。丸森に近づき、地蔵さんがあったのでその前でも測定。草地は放射能を抱え込みます。雨にも草にも罪はないのに。雨を汚したのは誰ですか。草を汚したのは誰ですか。

 こうして2日目は宮城県南部、海岸線を北上し、阿武隈川・国道4号沿いに、時計と反対まわりに白石まで巡って、里の家に帰り着きました。ひとしきり盛り上がったところで早めに就寝。まだ夢を見ているような気がしていました。続く。

丸森町の宿舎、里の家
 宿泊させていただいた、里の家。B&Bベッドと朝食付きの宿です。ヒューマンな雰囲気があります。今はお休み中です。

里の家の五右衛門風呂
 里の家の五右衛門風呂です。なつかしいです。入らせてもらいました。

里の家のピザなどを焼く石ガマ
 里の家の石ガマです。ピザを焼いていただきました。おいしかったです。

福島県新地町常磐線の新地駅方面を見ます
 22日、朝から新地町へいきました。常磐線の新地駅は影も形もありません。復旧工事の方に聞くと、線路が住宅にささっていたそうです。この正面が水路をまたぐ鉄橋でした。

福島県新地町常磐線南側を見ます
 新地駅の南側をみます。この正面が線路の跡です。

坂元駅前の様子。鉄骨の看板が残っていました。
 常磐線坂元駅前の様子。鉄骨の案内看板が残っていました。

坂元駅前つづき。市街地は全く残っていません。
 案内看板の北側方向。西北をみます。これが駅前通りです。

坂元駅のトイレが残っていました。
 坂元駅のトイレです。丈夫なトイレはしっかり残ったようです。一本の木も残っていました。

坂元駅の線路のホームです。北をみます。左側に線路があったのです。
 坂元駅の線路跡とホームです。北をみます。左側に線路があったのです。"

坂元駅のホームです。南をみます。
 坂元駅のホームです。南をみます。

坂元駅前の様子。
 坂元駅前の様子。トイレと案内看板が見えます。

お店の所在を知らせる案内が残っていました。
 お店の所在を知らせる案内が残っていました。

山下駅です。駅舎は残っていました。
 山下駅です。駅舎は残っていました。

山下駅前です。商店が一軒残っていました。
 ここは人の気配がたくさんありました。お店が残っていることはうれしいことです。

常磐線の移設に反対する看板などがたくさん掲示されていました。
 常磐線の移設に反対する看板などがたくさん掲示されていました。

山下駅前。再開されたお店は地域のオアシスです。
 山下駅前。再開されたお店は地域のオアシスです。ここでたんぽぽの電池を充電させていただきました。

浜吉田駅に向かう車中からみた住宅です。1階部分が無い住宅が多く残っていました。
 浜吉田駅に向かう車中からみた住宅です。1階部分が無い住宅が多く残っていました。

浜吉田駅に向かう車中から。防護服に身を包んだ自衛隊らしき人たちです。
 浜吉田駅に向かう車中から。防護服に身を包んだ自衛隊らしき人たちです。

浜吉田駅です。ここも駅や線路は残っていました。でも雑草をみると列車が動いていないことがわかります。
 浜吉田駅です。ここも駅や線路は残っていました。でも雑草をみると列車が動いていないことがわかります

浜吉田駅雨水タンク 上は0.2μSV/h
浜吉田駅のホームにある雨水タンクです。上部は0.2μSV/h。

 浜吉田駅のホームにある雨水タンクです。
 浜吉田駅のホームにある雨水タンクです。中ほどは0.4μSV/h。

浜吉田駅雨水タンク 下は0.7μSV/h
 浜吉田駅のホームにある雨水タンクです。下部は0.7μSV/h。

浜吉田駅ホーム雨水タンク
 浜吉田駅のホームにある雨水タンク。ガマを育てていました。ガマが放射能を吸収してくれるかもしれません。

白石川千本桜沿いの河川敷
 白石川千本桜で知られる河川敷。草の上地表0.29μSV/h、高さ1mで0.19μSV/h(66%)。

白石川千本桜沿いの河川敷き続き
 白石川千本桜で知られる河川敷。続き。春は美しい景色が広がるところです。

白石から丸森にむかう峠にて
 白石から丸森にむかう峠にて。養鶏場がありました。

白石から丸森にむかう峠にて。草地は高い値です
 白石から丸森にむかう峠にて。地表1.26μSV/h、高さ1mで0.75μSV/h。その近くのアスファルト面は0.63μSV/hと相対的に低くなりました。
 

福島宮城測定その1
福島宮城測定 その1 2011年7月21日(木)

 遅くなりましたが、7月に訪問した福島宮城の訪問結果を記しておきます。

 R-DAN福島宮城の測定は、かつて横浜から引っ越された宮城県のKさんからの要請で、参加できるメンバーが集まりました。

 2011年7月21日(木)、大阪空港発8:40。伊丹の空港を出発してから福島空港に至るまでの測定値は以下のようなものです。

離陸前・・・・・・・0.037μSV/h
離陸途中・・・・・・0.012~0.011μSV/h
雲の上・・・・・・・0.015μSV/h
南アルプス上空・・・0.04μSV/h
福島空港着陸前後・・0.075μSV/h
福島空港着陸後機内・0.14μSV/h
手荷物受取所・・・・0.057μSV/h
ロビー休憩コーナー・0.078μSV/h
休憩コーナー外植込・0.31μSV/h

 以上のように、福島空港の建物の外は高い数値でした。離陸する迄は地上の影響を受け、離陸後は地上からも空からも影響が少なく、低くなり、着陸時は再度高くなるのですが、これまでと違うのは、福島空港近くはやはり高くなるということです。着陸後の機内は大阪の3.5倍程度になっていました。手荷物受取所やロビーは低く、外に出ると高くなりました。

 レンタカーで福島市内に向かい、12時30分福島駅西口のデニーズに集合。参加メンバーは、小林、加藤、山根、田代、三輪、佐久間、田嶋、久保田の8名。これに久保田中学時代の恩師であるS先生と地元飯坂温泉の近くでR-DANの測定をしているYさんの2名が加わり、情報交換とスケジュール確認をしました。

 その後、Yさんの依頼に沿って、某小学校へ。ちょうど校庭の表土はぎとりをしており、工事現場の人に話を聞きました。まず表土を穴を掘ってシートを敷き詰め、そこへ表土を埋め、その後表土の下の汚染が少ない土をかぶせるそうです。その汚染の少ない土が山になってブルーシートがかけられていました。

 校門を入ったところの測定値は地表で1.02μSV/h、高さ1mで0.56μSV/h程度。平常0.04μSV/hの25倍から14倍程度です。比較的低い値だと感じました。表土をはぎ取ることで効果が出ていることを感じました。

 その後教頭先生が現れ、「恩師と卒業生が母校を調べに来た」と伝えて、ことなきを得ました。学校敷地外ならばよいとのことで、おわび。S先生は「義務教育はきびしい。高校にいけばよかった」とのこと。

 その後久保田母校の第3小学校はパスして信夫山公園へ。駐車場サクラの木のそばで地表2.17μSV/h、高さ1mで1.70μSV/h。50倍から40倍です。第2中学校校庭南の境界付近で地表1.40μSV/h。まだ高いですが、校庭の土を入れ替えたので、公開データによれば校庭はかなり改善されてはいるようです。

 続いて5月にも訪問したあぶくま親水公園へ。駐車場近く低地の枯れ草の上は、地表5.99μSV/h、高さ1mで2.00μSV/h(33.4%)。平常の150倍から50倍ですから、かなりの数値です。芝生は地表3.62μSV/h、高さ1mで2.34μSV/h(64.4%)、90倍から60倍です。この数値も5月から変化ありません。どう考えても遊んではいけない場所です。

 その後S先生の自宅へ行き、お茶をごちそうになって畑と室内を測定。畑地表は0.67μSV/h、室内は居間の中央で0.19μSV/h、窓際0.31μSV/h程度で、高い傾向は変わりませんでした。居間の外の芝生地表が0.93μSV/hで比較的高かったです。

 S先生宅を辞して、保原から霊山を経由して相馬へ。保原警察署前の車内で0.26μSV/h、伊達市349号と115号分岐点付近車内では0.74μSV/h、霊山まで2キロ付近車内では0.92μSV/hと次第に上がりました。

 霊山子どもの村の駐車場と休憩所の下が、とても高い数値でした。トイレ雨樋の下で山根さんのたんぽぽが40000を超える数値となりました。校正前のため実際はこの1.5倍となります。つまり60μSV/hということになります。この数値はR-DANメンバーが測定した中で最高値かもしれません。平常の1500倍ということになります。チェルノブイリ事故の後で訪問した際の測定値を超えるとの小林さんの話。きびしいものです。その横の久保田のたんぽぽでも18μSV/h程度が出ました。すぐ隣でもかなりの差が出ます。集会室は無人。その室内の机の上でも1.0μSV/hという高い数値でした。
 
 その後中村峠を越えましたが、脇道の下の草地で4.3μSV/h。高さ1mでも3.2μSV/hでした。そのうち近くに住んでいるというSさんという方が、計測してほしいと来られ、お宅の付近を計測。屋根の下の数値は7.5μSV/h、1mで3.0μSV/hなど。玄関前付近1mの空間線量は3.5μSV/hなど、かなりの値でした。国が来て、3.0μ以上は特定避難勧奨地点であり、個人別に113軒が指定されたうちの1軒となって、裏の家は2.9μSV/hで要件を満たさないので指定外だったとのこと。心配そうにされていました。

 その後相馬市にある久保田叔父のところへ。予定よりも2時間程度遅く、18時30分過ぎになりました。家の周囲を測定して、草地地表でO.56μSV/h、高さ1mで0.37μSV/h。平常の10倍前後とけっこう高い値だったのですが、これまで高い値を見慣れているものにとっては、大したことがないという気持ちになってしまうことが、悩みどころです。

 叔父の家でお酒やビール、お茶などをたくさんいただき、丸森へ向かいます。Kさんがコンビニに迎えにきてくれて助かりました。その夜は、石焼きピザがおいしく、なつかしの五右衛門風呂がとても印象に残りました(相馬の叔父の家もかつては五右衛門風呂でした)。私たちのためにかなり配慮してくれていたようです。申し訳なかったです。ひとしきり盛り上がって久保田は明日のコース準備にかかりました。仙南の市町を巡るコースと、丸森町角田市を巡るコース、そして海岸線と白石市などを巡るコースに分けてまわることになりました。
(続く)

某小学校表土入れ替え中
 某小学校表土入れ替え中。表土を削って、深い穴に埋めて、その上に、表土の下の放射線レベルの低い土をかぶせています。

定点観測地点を借りる
 定点観測地点をお借りして測定。

福島第2中学校にて
 久保田母校の第2中学校です。日曜日も走っていた記憶があります。プールが東に移って、昔の校舎はありませんでした。

福島第2中学校校庭を走る少女たち
 5月に訪問した時は校庭にだれもいませんでしたが、表土を削った後はかなりレベルが下がったようです。ソフトボールの選手たちがランニングしていました。

あぶくま親水公園駐車場
 あぶくま親水公園の駐車場です。低いところの草地の放射線が高かったです。

あぶくま親水公園で測定
 あぶくま親水公園で測定。つづき。

伊達市の久保田恩師の先生自宅付近
 伊達市の久保田恩師自宅前の畑です。

久保田恩師の畑です
 畑は10倍以上でした。しかし中心市街地に比べると低い値です。

伊達市霊山子どもの村休憩所
 伊達市霊山子どもの村休憩所です。

子どもの村休憩所雨どい
 この休憩所の雨どいの下が、今回最も高い数値でした。60μSV/hだったのですが、そこから20センチ離れると3分の1に低下しました。ホットスポットは極めて狭い範囲にもあります。高さ1mで3.08μSV/hですから、これは20分の1に下がったのです。

霊山子どもの村休憩所の中です
 霊山子どもの村休憩所の中です。0.75μSV/hです。外部に比べて低いとはいえ、平常の20倍近くです。

久保田叔父の相馬の自宅
 久保田叔父の家です。昔は五右衛門風呂があり、牛がいて、鶏が放し飼いでした。裏の洞窟は、はるか昔の貝塚があったそうです。今は埋められています。




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