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久保田洋一のブログ
いつもどおりですが、気まぐれに書いていきます。2009年10月1日からfc2で再開しました。
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フランスのトラムと阪堺線
フランスのトラムと大阪の阪堺線 11月29日(月)深夜記
 
 それにしても、フランスのトラム(路面電車)はなぜ、あんなに整備が進んでいるのでしょうか。思想が違うと言えば簡単なのかもしれませんが、住民が多国籍であるがゆえに、一度法律で厳格に規定した時に、住民がその法律に基づいてしっかり権利を主張して、それを実施するという責任意識が、政府行政関係者に強いのかもしれません。もしくは緊張感があるのでしょう。

 パリのトラムは、乗車賃だけでは経費の3割しかもたず、あとの7割は税金でまかなわれているのだそうです。公共交通が、マンションのエレベーターのように、インフラ(都市基盤)として公的に整備され、使いやすくなっているのです。

 アルザス地方、ストラスブールのトラムはもっとすばらしく、歩行者優先の思想が、しっかり根付いている印象を受けました。トランジットモールという言い方をするのですが、歩行者に続いてトラム、その次が自転車、最後にマイカーという優先順位が確立していると感じました。石畳の上を滑るように走るトラムは音も少なく、市民に親しまれた市民の足であると感じました。スピードは市街地ではかなり遅いのですが、頻繁に動いているため、ストレスを感じません。

 例えば「トリオ」というチケットは、3人で1日乗り放題というもので、5.5ユーロですから600円少し、一人当たり200円です。それが中心街には3分間隔で動いています。歴史的まちなみに違和感もなく、郊外に出れば芝生の上を走ります。

 日本の路面電車と異なるのは、床の低さ、音の静かさ、車両のきれいさ、走行頻度でしょうか。しかし何よりも、人を優先させて、公共交通を税金で対応するという思想は学ぶべきであると感じました。

 しかし、久保田もいろいろ考えました。多民族国家フランスの人権思想は、一方で犯罪の多さに対抗するものとして生まれたものかもしれません。規則を決めることで、自分たちに規制をかけて、守らなければ、国自身が成り立たなくなるような、そんな発想が根底にあって、それがトラムにも現れていると考えると、日本でトラムが普及するには、かなりの犠牲が必要なのかもしれません。

 土地の制度も日本と違うのかな。国や自治体が土地を所有する割合が高いのか、土地は財産ではなく、利用することに価値があるという考え方なのか。どなたか教えてください。

 我が国の話に戻りますが、堺市に計画されていたLRT(ライトレイルトランジット:トラムのことです)は市長が代わったため、中止になりました。しかし阪堺線という路面電車は、堺市が50億円を出資して存続を目指すことになりました。LRTの予定費用500億円に比べると安いと思います。

 阪堺線も、低床のトラムに置き換えて乗り易く、快適になれば、もっと利用者も増えるような気がします。もちろん交通規制も、自動車より優遇させる方策も併せて実施したいものです。ヒューマンな乗り物はほっとします。まずは存続が決まって一安心。

 久保田が住む宝塚でも、LRTが逆瀬川から宝塚まで、巡るようになり、駅前は自動車乗り入れ禁止にしてバリアフリーになればいいなと思います。中心市街地居住や観光開発も進めて、日常的に乗る人が増えるように戦略を立てなければなりませんが。それと、建物をつくるときに、例えば、そこで記念写真を撮りたくなるようにつくることを、多くの権利者の合意でルールを決めておく。などなど。

長々と思い込みがふくらんだところでおしまい。

ストラスブールのトラム
 ストラスブールのトラムです。低い床ときれいさで快適です。

ストラスブールトラム乗り場
 ストラスブールのトラムの乗り場です。床も低いのですが乗り場もバリアフリーです。

ストラスブールのトラムはまちの中心
 ストラスブールのまちの中心がトラムという雰囲気もします。生活の中心となる交通手段です。

ストラスブール郊外を走るトラム
 ストラスブール郊外を走るトラム。芝生もきれいに手入れされています。

阪堺線の乗り場
 大阪恵比寿町から堺を走る阪堺線です。存続が危ぶまれていましたが、堺市が50億円を出資するそうです。庶民の足です。

阪堺線乗り場から北を見る
 阪堺線乗り場から北をみます。

阪堺線の車両は床が高いです
 阪堺線の車両はかなり古くなっています。床も高いので、高齢者にはつらい気がします。でもヒューマンな感じはします。

阪堺線もヒューマンな感じ
 阪堺線の車両は個性的な絵が描かれています。しかしセンスは今一つかなあ。大阪市内はもう少し身近な雰囲気で、駅のホームに喫茶店があったりします。 
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フランスその11 パリから帰宅
■フランスその11 9月22日(水)帰路

 9月22日は連れ合いの誕生日です。7時起床。朝おめでとう。空港内にあるホテルのため、ゆっくり出発することができました。高くても正解だと思いました。 

 朝食をとって9時15分発。ホテル近くのターミナル3でCDGVAL(無料の新交通)を待ちながら、どのターミナルか分からず、ホームでドイツ人らしきおじさんに聞くと、ターミナル1とのこと。しかし乗ってみると何だか変なので、ターミナル1で下りて反対側へ向かいました。やはりターミナル2でした。案内でEへ行けと言われて、正しいことを確認。

 エールフランスカウンター前の機械で、係の女性に教えてもらい、予約番号を打ち込んで切符を打ちだし、荷物をビニール袋に入れて預けました。久保田リュックは13.6KG、連れ合いのリュックは12.6KG、麻紀のリュックは多分10キロ以下かな。ビニール袋は盗難防止かもしれません。関空ではビニールなどはありませんでした。出国検査と税関検査を経て10時50分出発ロビーへ。麻紀はここでも靴を調べられました。彼女の靴だけ鉄が入っていたのかもしれません。

 せっかくなので買い物をして、休憩コーナーで休み、13時50分発の予定が、飛行機のパソコンの調整で30分遅れて出発。滑走路までの道のり(距離)が異常に長かったです。ドゴール空港はでかいのです。天気がよいので窓際に座らせてもらい、出発後しばらく地上を眺めていました。フランスは農業の国であることを再び感じました。夜が早く来るので、眠いのですが、2つほど映画を見て過ごしました。食事もおいしかったです。

 出発が30分遅れたため、関空は23日朝8時55分到着予定でしたが、カミナリ雲があるとのことで30分ほど旋回し、当初予定から1時間以上遅れた9時30分過ぎに到着。荷物の出るのも遅く、時間がかかりました。私達の荷物は周りに比べて非常に小さく、税関の職員に、「これだけですか。どこへ行ったのですか」と聞かれました。3人分のリュックを合わせても、大きなスーツケース1人分より少し大きいくらいだったのです。考えてみたら日本アルプスへ行くよりも、ずっと少ない荷物でした。

 リムジンバスは10時40分発西宮北口行き乗車。一人1700円。上の子に電話して迎えをお願いしました。12時過ぎに落ち合い、自宅まで送ってくれました。疲れている中、とても助かりました。感謝。上の子は仕事に追われて、なかなかメールも見れなかったらしいです。12時30分過ぎに自宅に無事到着。ほっとしました。

 なんだかんだあったのですが、個人旅行はおもしろいです。体験型の旅は面倒臭いですし、トラブルも付き物ですが、やはり好きです。またどこかへ行きたいです。健康にも感謝です。しかし稼がなければ。拙文にお付き合いいただいたみなさん、ありがとうございました。

ドゴール空港
 ドゴール空港です。木材をふんだんにつかってやわらかいイメージです。

案内表示板は3ヶ国語
 案内表示は3ヶ国語です。20分遅れるとか、30分遅れるとか、かなりひんぱんに表示が変わっていました。離陸は遅れて14時になると表示されています。親切です。

ボーイング777のテレビ
 ボーイング777のテレビです。個人ごとにイスの前についています。映画を見ました。クイズもありましたが、むずかしかったです。

フランスよさらば
 離陸して下をみます。農地が広がっていました。農業の国であることをまた実感。

機内食はおいしかったです
 エールフランスの機内食はおいしかったです。しっかり食べました。

関空到着9月23日午前9時30分
 関空到着は9月23日朝、9時30分。当初から1時間ほど遅れての到着でした。

フランス その10 シャモニーからアヌシー、パリへ
フランス その10 9月21日(火) シャモニーからアヌシーを経てパリへ戻る

 7時過ぎにゆっくり起床。シャモニーの朝は涼しくていい気持でした。9時30分チェックアウト。10時38分シャモニー発。切符を確認しようと窓口で並んでいると、若い兄さんが隣にきたので、情報交換。台湾から来ており、1カ月の旅行だそうです。今回の列車もきれいでした。来たとき同様サンジェルベで乗り換え、もう一つの駅でも乗り換えてアヌシーヘ。

 アヌシー着12時50分。TGVの発車まで2時間半以上時間があるので、リュックを背負ったまま、まちへ繰り出しました。駅にコインロッカーや手荷物預かり所はありません。普通の駅では盗難が多いため、そうなっているらしいです。
 アヌシーは小さな湖のそばの小規模なまち。歴史的なまちなみもあり、水辺の公園も美しかったです。ヒューマンスケールなまちで好感をもちました。朝に確保したパンで水辺の昼食。そういえば、朝のフランスのニュースは、日本のみのもんた風のアナウンサーが毎日出てきていました。

 愛の橋の上で、自転車に乗ったおじさんが記念写真をとってあげると来たのですが、あやしいので断りました。どこもこんな怪しい人が公然といます。アヌシー湖を巡る船上ツアーなども快適そうです。運河沿いの花や店が美しかったです。

 14時30分アヌシー駅に戻り、自販機でオアシス(ジュース)を買おうとしましたが、出てこず。だまされたわ。キオスクで買ったプリングルもすかすかで、だまされたわ。連れ合いは「ぼったくりバーみたいだ」と言っていました。ホテルの人は皆いい感じだったのですが、外に出ると気を抜けないのです。TGVの中でそんな話題で盛り上がりました。久保田:帰ってからの話題に事欠かないね。連れ合い:そんな話はせえへんわ。久保田:うそや、するわ。麻紀:するやろな。連れ合い:緑の紙用意しとくわ。ちゃんちゃん。

 16時10分エクスレバン着。16時15分シャンベリー着。あとはパリリヨン駅まで直行でした。客車が2階建で袋小路になっており、荷物を奥に置いたので安心でした。結局盗難防止のカギは使いませんでした。

 19時05分パリリヨン駅に到着。なんと10分早く着きました。今回のTGVはきれいでした。定時制は確保されているはずですが、早く着くというのは日本にはないなあ。少しうろうろして19時20分リムジンバスに乗り、空港へ。16.5ユーロだから1800円くらい。19時55分CDG(シャルルドゴール空港)着。

 CDGVALという無料新交通でターミナル3へ行くと、下階にRERやTGV(どちらもパリ国鉄)の駅があり、上階が屋内でホテルと直結していました。すぐにNOVOTELノボテルがあり、シャモニーのオテルラルブでもらった確認書を見せてチェックイン。エレベーターに乗るのにも磁気カードが必要でした。部屋に入るのも同じカード。セキュリティは万全という感じです。空港ならではでしょう。4.8ユーロ*2+3ユーロ*2でサンドとジュースを買い、部屋へ。しっかりとした湯船のある風呂でゆっくりしました。23時前に就寝。明日は帰還です。

テレビでよく見たみのもんたさん
 フランスのテレビでよく見た、フランス版の、みのもんたさん。似てました。

アヌシーのまちなみ
 アヌシーのまちもいい感じでした。石だたみの歩行者道路に、カフェがはりだしている風景はほっとします。

アヌシーは水辺のまちです
 アヌシーは湖沿いのまち。明るい雰囲気でした。奥に見える「愛の橋」というのが売り物のようです。

アヌシーは湖沿いのまちです
 アヌシー湖の風景。遊覧船やカヌーなど、湖で楽しむ人が多かったです。遊覧すると、湖畔のまちめぐりが楽しそうです。

アヌシー湖畔の芝生広場
 アヌシー湖畔にある芝生広場。周囲の木立も立派でした。

アヌシーのまちを歩きます。
 アヌシーのまちを歩きます。観光地です。水辺に広い公園があり、散策にも最適です。

アヌシーのもと監獄だったという橋の上の建築
 アヌシーの水辺に浮かぶ宮殿。もと牢獄だったということです。

ここでもムール貝を食べる人が
 ここにも大量のムール貝を食べる人がいました(左のカップル)。おそるべしムール貝。

アヌシー駅からTGVに乗ります
 アヌシー駅からTGVに乗ります。このTGVはきれいでした。2駅止まっただけであとはパリリヨン駅まで直通でした。なんと、10分も早く到着しました。




フランス その9 シャモニー
■フランス その9 9月20日(月) シャモニー

 7時過ぎ起床。ゆっくりしました。朝食は今日もビュッフェ。朝食バイキングです。ココア2人分とコーヒー1人分を注文。連れ合いはパンやバターを確保して、昼食用に準備していました。久保田も麻紀も手伝います。なによりの対応です。はは。

 9時20分出発でプラのまちへ歩いて出掛けました。バスの時刻が合わなかったのです。9時55分過ぎにプラ到着。10時10分テレフェリック乗車、6人乗りのリフトに乗り換え10時40分ランデックス着。登山者に話を聞き、ラックブランに行くことにしました。10時50分出発。

 12時15分ラックブラン着。ラックブランとは、白い湖という意味です。ゆっくりしてレストランでココア2杯と、ミルティーユ(ブルーベリーかな)というタルトを1枚注文。TARTE AUX MYRTILLES SAUBAGES(地元の食材のパイ)というそうです。量が多かったです。同席にフランス中部からきたという老夫婦が座り、雑談。財布を盗まれたと言ったら「エラース」と二人。なつかしい表現でした。

 休憩後13時40分発でもとの道を戻りました。リフトに乗ったら、反対側から来るリフトの端に自転車が乗せられており、自転車を乗せる機械であると判明。15時05分ランデックス着。またゆっくりして15時45分テレフェリック乗車。15時50分プラ着。

 15時54分のバスに乗り、16時過にシャモニー着。一駅乗り過ごしたのですが、散策にちょうどよかったです。佐助のトレーナーを52ユーロで購入。戻りついて早く買い物に行きたいと連れ合い。麻紀と佐紀子におそろいのTシャツを購入。麻紀は友人に新たにパーカーを購入。

 スーパーで夕食用に買い物をして、7.1ユーロ、パン屋のパン8ユーロ。ホテルで夕食。ベランダから見るモンブランが朱色に染まり、美しかったです。麻紀が身を乗りだしたら「ゴン」と音。ガラス戸に頭を打ったらしいです。ほのぼのしました。悲しいこともあったけれど、楽しいこともたくさんありました。思い出が詰まった旅になりました。これから連れ合いに、いろいろ言われそうだけど、感謝です。ありがとう。

ホテルドラルブは川沿いです
 宿泊したホテルドラルブです。川沿いにあり、モンブラン連邦の眺めもよかったです。おすすめします。

プラのまちまで遊歩道を歩きます
 プラのまちまで遊歩道を歩きました。涼しくて快適でした。ジョギングをする人も何人かみかけました。

樹木の解説がありました。
 樹木の解説板です。葉っぱや樹皮などの説明が写真付きであります。

木製の案内板です
 全体の案内板です。雰囲気がいいです。

標識は親切です
 観光地の標識は分かりやすいです。

プラのまちの中にあるハンプ。段差のある道路です。
 フランスにはあちこちにハンプ(道路に段差をつけてスピードを落とすしくみ)があります。わかりやすい印があります。

プラのまちのゴミ箱です。4種類です。
 プラのまちのゴミ箱です。4種類分別だと思ったのですが、3種類(雑誌やペットボトルなどリサイクル可能なもの、ガラスやカン、台所などの燃やすゴミ2つ)です。

テレフェリック乗り場です
 テレフェリック乗り場へ向かいます。

案内板は電光掲示板付きでした。
 案内板は電光掲示板がついていました。シャモニー各地のテレフェリックの休みの状況などもわかります。

プラからフレジェールにあがりました。
 プラからフレジェールにあがりました。昨日針のように重なって見えたドリュ(右)とベルト峰(左)が見えます。

フレジェールからラックブランに向かいます
 フレジェールからラックブランに向かいます。フランスのハイキング道は、スイス同様、等高線に沿ってつくられているようで、多くの人に景色を楽しんでもらう意識が感じられます。

ラックブランに到着しました。
 ラックブラン(左側に少し見えます)に到着しました。1時間30分くらいかかりました。白い湖面がきれいでした。

フランス人の夫婦と一緒にお茶しました。
 フランス人の夫婦と同じテーブルになり、タルトとココアを注文。タルトの量が多かったです。
フランス その8 シャモニー
■フランスその8 9月19日(日) シャモニー

 7時起床。パリの宿を予約しようと、昨日からいくつかの宿に電話しましたが、皆コンプレ(満室)との返事。もしかして外国人には無理なのかと、かんぐったりもしましたが、コリーヌさんに聞くと、そんなことはなく、平日はパリの駅周辺は出張のビジネスマンが多く、満室が多いとのこと。コリーヌさんに相談して、再度トライすることにしました。もし無理そうならコリーヌさんがしてくださるとのこと。ありがたいです。

 8時10分発。明日月曜日はエギュイユデュミディは休みとのことなので、エギュイユミディへ向かいました。8時55分テレフェリック駅着。シャモニーパスを購入して乗り込みます。すぐに出発。かなりのスピードで途中駅で乗り換えて9時20分には到着。富士山よりも高い3840m。周辺は真っ白でした。寒さもかなりのものですが、天気がよいのでよかったです。息を切らしながら周遊して、登山にむかうおじさんを激励。一緒に写真を撮りました。

 早々に途中駅に戻り、10時55分、モンタンベールへハイキングに出発。東方向になります。12時05分分岐点、12時25分小休止。快適なハイキングでした。13時展望台到着、40分休憩。ドリュとヴェルト峰が重なっていました。槍ヶ岳よりもかなり尖った山で登るのは大変だろうと思ったりします。14時20分モンタンベールへ到着。レストランへ入ったのですが、客が多く、結局20分休憩しただけで、ファーストフードの店で簡単なサンドイッチで済ませました。8ユーロくらい。

 連れ合いが氷河を見に行くというので、小さな2連結のテレフェリックで下ります。しかしそれからが長かったです。350段の階段を下りることに。途中に1980年の氷河の位置、1990年の氷河の位置が示されていました。30年間で45~50m程度下がった様子です。氷河の中はトンネルがつくられており、ひんやりしていました。10分ほどの見学の後、再び汗をかきながら階段を上って16時10分、モンタンベールの駅から登山電車で出発。シャモニーに下りました。麻紀の買い物に再び付き合い、17時30分ホテルに。アメリカの団体がバスで到着しており、ごった返していました。

 忙しい中、コリーヌさんに、ホテルの予約を2件ほど電話してもらったのですが、やはり無理。パリはビジネスマンが駅の近くを予約することが多く、満室が多いらしいのです。当日キャンセルがあるので、直接訪問すれば大丈夫と言われたのですが、不安なので、空港内のノボテルというホテルを予約してもらうことに。インターネットでコリーヌさん経由でクレジット番号を伝えて、対応をコリーヌさんにお願いしました。

 休憩して、夕食に出掛ける際に、コリーヌさんのところにノボテルからの予約確認メールがきており、後程受け取ることにして出掛けました。ドゴール空港のホテルは、188ユーロと朝食一人13.8ユーロで了解です。

 せっかくなので、一回くらいはフランス料理を食べようということになり、カレーシュ(馬車のこと)というレストランへ。87ユーロでしたが、量が多すぎました。久保田の前菜のオニオンスープは、タマネギとパンとチーズがたっぷりで、まるで主食。メインディッシュはソーセージと豚肉とチキンでこれも多かったです。何度もいうのですが、2人分を3人で分けるのがよろしいようです。

 21時10分帰着。Corineコリーヌさんから予約券を受け取って部屋に戻りました。親切な女性でした。ありがたいです。ばったり就寝。

オテルドラルブから見るモンブランの山々
 ホテルから見るモンブランの山々。モンブランはこの枠の右の外です。

エギュイユデュミディからモンブランを背景に
 エギュイユデュミディからモンブランを背景に記念撮影。ここは3842mです。モンブランは4810m。少し歩くと息が切れます。

氷のトンネルを通ると登山道です
 氷のトンネルをくぐると登山道が現れます。雪の上を行く登山者がたくさんいました。

ハイキングに出発
 プランドレギュイユという途中駅からハイキングに出発。モンタンベールに向かいます。向こう側の雲の下がシャモニーです。

モンタンベールに向かいます
 モンタンベールに向かうハイキング道です。スイスもそうでしたが、ここも等高線に沿ったハイキング道が多いです。多くの人に景色を楽しんでもらおうという意識が感じられます。針のような山が多いのが特徴です。

途中の展望台で小休止
 途中の展望台で小休止。青い空と針の山々が美しかったです。

ドリュが見えてきました。
 ドリュが見えてきました。ひときわとがった山です。実は後ろにもっと高いベルト峰というのが重なっています。槍ヶ岳に一見似ています。

氷河が見えてきました
 氷河です。グラースといいます。しかしこの30年で40m以上も氷がなくなったようです。

モンタンベールのホテル・レストランです
 モンタンベールのホテル・レストランです。かなり古いです。

モンタンベールから氷河を見にいきます
 モンタンベールから氷河を見に行きます。2両編成のテレフェリックで下ります。

氷河に下りるまでに350段の階段があります。
 テレフェリックを下りて、350段を超える長い階段を下りました。けっこうな運動です。

氷河の中は寒いです。でもかなり水が滴り落ちていました。
 氷河の内部です。かなり寒いのですが、水がかなり滴り落ちていました。

モンタンベール鉄道です
 モンタンベール鉄道です。ラックレールでシャモニーまで、ゆっくりと下りていきます。




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