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久保田洋一のブログ
いつもどおりですが、気まぐれに書いていきます。2009年10月1日からfc2で再開しました。
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砦に拠る 松下竜一
読書室 砦に拠る 松下竜一 (3年ほど前に書いたものです)

 昔、ダム反対に半生をかけた人がいました。蜂の巣城と呼ばれた砦をつくり、体を張って強制執行に反対し、裁判を80件以上も起こし、地域で孤立を深めながらも矜持(きょうじ)、人間の誇りと尊厳を持ち続けた「孤高」の人、室原知幸(むろはらともゆき)さんです。

 この室原さんのドキュメント「砦に拠る」を書いたのが松下竜一さん。出版は20年以上も前になりますが、昭和30年代前半に、ダム反対をかかげた村の地主であった室原さんが、次第に賛成派にまわる地域の人間関係の中で孤立し、それでも意志を貫き通した様子が、描かれています。

 このドキュメントを読んで、私も下笙(しもうけ)ダムに2回足を運ぶことになりました。その記録もいずれ紹介したいです。実は、「松下竜一の青春」という本が出版されたという記事を見たことと、八ツ場(やんば)ダムに関するニュースが最近多いこともあり、影響されました。

 ちなみに、下笙ダムに関しては、関西大学の研究室が中心になってまとめた「公共事業と人間の尊重」という書籍も出ています。このダムに対する反対運動が、土地収用法の改正などに大きな影響を与えたとも言われています。

 現在、久保田が気になるダムの計画は、武庫川ダム(兵庫県)、川辺川ダム(熊本県)、丹生ダム(滋賀県)、大戸川ダム(滋賀県)、などいろいろありますが、人が多いところに影響のあるダムが注目されるようです。以前も紹介しましたが、岐阜県徳山ダムの下に沈んだ村のドキュメント「水になった村」は必見。この徳山ダムは黒部ダムの3倍以上の、6.6億トンという貯水量をもつ巨大ダムです。私が所属するNPO法人近畿水の塾でも上映会をしました。

 また、関連して、京都の学生さんが自主制作した「水になったふるさと」という、短いドキュメント映画もあります。これは京都府桂川上流の、日吉ダムに沈んだ地域の人々へのインタビューから構成されています。これも私達で製作者を招いて上映会をしました(20代の女性2人です)。

 そういえばどこかのTVの特集で、女優の綾瀬はるかさんが、徳山ダムサイトで、ダムに沈む村に思いを馳せるシーンがありました。真面目な話や活動が嫌われる傾向もありそうなこの頃ですが、売れっ子の女優さんを登場させて、このような紹介があることは悪くないと思います。高速増殖炉もんじゅの反対運動のビデオに、吉永小百合さんが朗読をしてくれたこともありましたが、なかなか表には出てこないものだと思います。

 松下さんに話を戻します。松下さんは2004年、亡くなりました。松下さんのお母さんは、小さいころから体が弱く、病気の影響で片目の見えなかった松下さんに、神様が目に星をくれたと言い、人にやさしくしなさいと言い続けていたそうです。

 松下さんは甲山事件を扱った「記憶の闇」(人を見て無罪を確信したという趣旨の話がありました)、火力発電反対運動を扱った「五分の虫、一寸の魂」(この中にでてくる「ランソの兵」の一説は、思わず笑ってしまいます)、消費社会に警鐘を鳴らした「暗闇の思想」(その頃「じり貧のすすめ」という文章を社内報に連載していた私は、同じような発想の人がいるのだと、ほっとした記憶があります)など、社会が持つ「病理」に対する様々な疑問を投げかけています。また、人間のやさしさとは何かを、身をもって示してくれた人だと感じています。「やさしさ」の意味が自分にとって、はっきりしました。

 読書室にならない散文になってしまいました。悲しくて泣きたい時、感動したことを思い起こして、本を読み返すことも良いことだと思っています(2009年10月20日記から一部加筆)。

下筌ダム水面
 下筌ダムです。水面です。1994年の写真をスキャナーしたものです。

下筌ダム。下流の枯れ木と木船
 下筌ダム。下流に残る枯れ木と木船です。

下筌ダム。下流から見上げ
 下筌ダム。下流から見上げます。

下筌ダム。下流に残る石の橋
 下筌ダム。下流に残る石の橋です。もちろん人は住んでいませんから、通る人もいません。

松下竜一さん 紹介記事
 松下竜一さんをしのぶ新聞記事です。もう8年になるのです。ちなみにこの記事の裏が、アテネオリンピックの水泳の記録でした。今年ロンドンでメダルをとった寺川綾さんがでていました。

徳山ダムです
 参考までに、徳山ダムです。日本最大の貯水量6.6億トンのダムです。

上空から見た徳山ダムです
 徳山ダム、続きです。今年2012年、北海道へ行った時のものです。


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知事は何ができるのか 120704(水)
知事は何ができるのか 120704(水)

 滋賀県知事の嘉田由紀子さんが、表記の本を書かれました(5月15日発行)。

 嘉田さんは、2006年7月2日、自民党、民主党などが推薦する現職の國松氏をやぶって知事に当選しました。

 「もったいない」という標語や、栗東の新幹線駅の凍結が大きく取り上げられていたので、覚えている方も多いと思ますが、選挙は素人だったようです。知事になってから、新幹線駅の中止をするためにとても苦労された様子が伝わってきます。土地区画整理事業も凍結、関係者との会議はたいへんだったことがわかります。

 数十年にわたって地域をまわり、環境保全を訴えてきたことを多くの県民が支持していたのでしょう。知事になられた後も、駅の利害関係者や住民に対する施策も評価されているのだと思います。現在2期目です。

 大戸川(だいどがわ)ダムの一時凍結も、自然な流れだったのでしょう。そういえば、宮本博司さんが、「ダムができたら、下流の淀川本川の水面がどのくらい低くなるか、わずか17センチだ。」と言っていたことを思い出します。

 ダムがあるから大丈夫ということはないのです。むしろダムができることで、人々の心が川から離れていくことのほうが、ずっと危険になるかもしれません。昨2011年3月11日の岩手県田老町(現宮古市)をみても、ハード整備に絶対の安全はないことがわかります。

 嘉田さんは「水害から、命を守り、暮らしを守る」治水対策をうたっておられます。地先(ちさき)の安全度ということを聞いたことがありますが、つまり地域の住民が日常関わることで、地域の安全度を高めていくということなのでしょう。

 「共生・共感の論理」で、「近い川」を目指す、それは「あふれさせる治水」を復活させることでもあります。

 まだ少ししか読んでいないのですが、共感と尊敬の気持ちをもって読んでいます。

放射線被曝の歴史 中川保雄著
放射線被曝の歴史 中川保雄著 2012年2月25日

 放射線被ばくに関する歴史をきめ細かく記述しています。原子力開発を進める人が、原子力の平和利用をうたいはじめた状況や、科学的基準で被ばくを説明できなくなり、コストベネフィット解析という、経済的方法によって人に命をお金の価値で測るようになった経緯などが書かれています。よくここまで追求したものだと思います。しかも最初に出版されたのが1991年。もう20年以上も前なのです。

 アメリカを中心とした核産業に日本の支配者層が追随する状況が浮かんできます。現在の原子力推進派、原子力村といわれる支配層が、人の命をいかに軽視してきたかも感じることができます。
 今のままだと、原子力に生活をかけている人たちが、未来の放射線汚染などを気にもとめずに、原発再稼働、再処理、もんじゅ再開など、なりふり構わず進めることになるのでしょう。あまりにも悲しいことです。
 
 内容を解説したいのですが、内容が濃くて、久保田の能力を超えます。いくつか納得した記述を転記してごらんいただきたく思います。どうぞ。

 「今日の放射線被曝防護の基準とは、核・原子力開発のためにヒバクを強制する側が、それを強制される側に、ヒバクがやむをえないもので、我慢して受忍すべきものと思わせるために、科学的装いを凝らして作った社会的基準であり、原子力開発の推進策を政治的・経済的に支える行政的手段なのである。p225」

 「放射線関係者が国際的組織を作って自分達の健康のための被曝基準を制定したのは過去のことである。核の時代に入って以降、被曝防護の体制は、核兵器と原子力発電を至宝とする支配層が、被支配層者にヒバクを強要するための社会的仕組みとなった。被曝線量限度は、支配者による被支配者へのヒバク押しつけ限度である。ICRPは国際的科学権威の組織などと言える代物ではない。ICRPとは、ヒバクは人民に押しつけ、経済的・政治的利益は原子力産業と支配層にもたらす国際的委員会である。p263-264」

注:ICRP:国際放射線防護委員会(こくさいほうしゃせんぼうごいいんかい: International Commission on Radiological Protection)


読書室 君は闘っているか
読書室 君は闘っているか 田尻宗男さん講演録(掲載が遅くなりました。2月16日深夜です)

 社会問題というものが、日常の意識から消えかけそうな生活をしています。公害問題という言葉がいつしか環境問題という言葉に置き換わり、世の中の公害が無くなったような錯覚にとらわれています。私も無関心になっています。しかし公害は厳然として存在します。尼崎市の会社「クボタ」のアスベスト問題は記憶に新しいものですし、森永ヒ素ミルク事件、西淀川や尼崎の大気汚染公害、そして目を広げて、公害ではありませんが広島、長崎の原爆など、健康被害は数十年を経ても、未だに続いているのです。

 「君は闘っているか」は、三重県四日市公害に対して、行政の関係者として、石原産業だけでなく、国に対しても戦いを続け、活動半ばにして亡くなった、田尻さんの講演記録なのですが、国の役所(当時は通産省)が、悪いことをしている企業の味方に、これ程までになるものなのかと、愕然とします。

 高度成長期、もうかれば環境はどうなってもよい、健康被害は目をつぶろう、原因は自分ではない、責任は自分にはない、などという価値感が企業に染み付いていたのだと思います。

 例えば水俣病でも、住民との交渉で、会社の責任を否定し続けた担当者が、結局社長になるというのが、私たちの国の優良企業だったわけで、悲しくなる現実があります。

 3年前、2006年4月に起きたJR福知山線脱線事故の会社の対応を見ても、状況に変化はなさそうです。「鯛は頭から腐る」というのが、硬派の評論家佐竹信の言葉ですが、権力を持つと幻想が偏るのかもしれません。ひとりのおじさんは、おじさんにすぎないはずなのに。

 組織の常識、社会の非常識。社会の上に組織があるはずですが、組織が社会を見下すようになっては、社会を守れるはずがありません。私たちも、組織の上に近いところに関わっている場合もあることを「意識」しておくことが必要なのでしょう。

 田尻さんの講演録に感激しているだけでは何も進まないのです。しかし自分を振り返って見ると、時々気にすることしかできません(2009年10月15日記)。



読書室 松下竜一の青春
 通販生活で書評が載っていた「松下竜一の青春」/海鳥社 を電車で読んでいます。松下さんは2004年6月17日、亡くなりました。その1年後に出た本ですが、書評は先月でしたので、4年を経て紹介されたようです。
 松下さんの書いた「砦に拠る」を読書室で紹介しようと考えていましたが、人となりを知る最適な本なので、先にお知らせしたいのです。
 とても一言では言い表せないのですが、人へのやさしさとか、未来へのやさしさとか、地球へのやさしさとかを、重く感じることができます。
 環境を守ることはどういうことか、大きな社会の力に対抗して、自分の意思をどう表現することができるか。うう。感傷に浸ることはできても、書評はとてもできないです。しかしこんな人もいるのです。
 命と暮らしを守るということがどういうことか、恐らくこの人の行動が正しいのだろうと、自分はできそうにないのですが、ぼんやり感じています。
 すいませんが、読み終わったとしても感慨にふけるだけになりそうです。また読書室にならずに終わり。


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